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![]() 9月25日 木曜日 今日は帰国の日。 16:30台北発成田行きの中華航空機。 朝は7時におきて8時前にはチェックアウトした。 5日間お世話になった部屋に別れを告げる。 ![]() フロントへ行くと、 あいにく、いつものおばさんはいなく、 他のおばちゃんが弁当を食っていた。 「チェックアウトしたいんですが」と言うと、 「あ〜、そこの部屋の人?いいよ〜、またきてね〜(ムシャムシャ…)」 あれっ?と思うほどの簡単な別れ。 お弁当に全神経を集中したかったみたい。 あっけに取られながらも 「謝謝。再見!」 とだけ言って去ってきた。 ありがとう! ![]() ホテル玄関前 ![]() ホテル周辺の問屋街 ![]() 市民大道方面 台北駅付近の交差点ではいつも通り、 スクーターの大群。 ![]() 5日間だけの滞在だったが 毎日通った道を台北駅に向かっていくと、 最初は「危険極まりない!」と説教でもしたくなったスクーター達にも 愛着がわいてきた。 しかし、まだまだ食べ歩きの時間は半日残っている。 今日は、また芸能人御用達のB級グルメを味わう予定だったのだ。 荷物を台北駅のコインロッカーに預け、 新浦駅へ。 ![]() MRTには数え切れないほどのったけど、 安い、きれい、早いの3拍子が揃った最高の電車だった。 ただ、日本よりも携帯でおしゃべりしてる人が多い。 口に手を当てて遠慮がちな姿勢で話してるんだけど、 声がでかいからどうにもならない(笑)。 新浦駅に着き、 まずは一口小肉圓の店に向かった。 肉圓は101でも食べて、なかなかの味だと思ったんだけど、 見た目がどうもいただけなかったので、 かわいい肉圓を味わってみたかったのだ。 しかし、地図の場所にはその店(屋台)が出ておらず、 ほどなくして開店11時ということが発覚。 残念。 あのグロテスクな肉圓でも、 食べられないと思えばなおさら恋しい。 頭の中に描いていた今日の予定をどうにか組み直そうとしたけど、 11時にまたここにくるのはちょっと無理だったので、 近くにあった永和で朝食を摂ることに。 ![]() ここは豆乳や油条などの朝食メニューが豊富な店で、 市内に何店かチェーン店がある。 まずは黒豆乳と大根餅2枚を注文。 オーソドックスなメニューであるが、 どちらも食べるのは初めてで、 肉圓の代品となる価値は十分にあった。 ![]() 黒豆漿60元/210円 大根餅30元/110円(2個分) 黒豆乳は黒豆からできた豆乳。 グレーっぽい色をしていて、 普通の豆乳よりもさっぱりとしたコクがあってほのかな甘さ。 キンキンに冷えていて、 思わずおかわりしたくなるおいしさ。 豆々しくないさっぱりとした後味で最高だった。 大根餅のほうは塩味がしっかりとついていて、 もちもちした食感がまたよかった。 大根臭さはなく、気軽に食べられるスナックのような感じ。 肉圓は、作り方を調べて自作してみればいいさ。 ![]() 食べながらテーブルの新聞に目をやると、 「読空気」と言う題のコラムが載っていた。 中国語でもこのような表現があったんだ〜と思っていたら、 日本語の直訳らしい。 内容は、数年前に早稲田大学に留学していた台湾人の経験談のようなものだが、 そこで知り合った日本人のオタクA君の話。 (大学生で七三分けとのことだったので…) 2人はお互いの国の言葉を学びあうために週に何回か会う仲で、 最初は本当の友達付き合いをしてたらしいが、 だんだんA君の態度がそっけなくなったらしい。 A君はいつも「授業がぎっしりでいつも時間がないし疲れた…」 と言うだけで留学生は心配になったんだけど、 これが実は重大なメッセージ(会うのをやめにしよう)=読空気だったと言うこと。 A君は空気の読めない留学生にウンザリ気味になって、 最後には「もう会いたくないんだけど…」と心の内を明かしたらしい。 日本にいて、空気を読むことの重要性を知ったと作者は書いていたが、 同時にA君の存在が今では不確かなものに感じると締めくくっていた。 あらら…。 A君ってひどい…と憤慨してしまったが、 自分自身がA君とダブってしまい、なんとも嫌な感じ。 食欲が半減してしまうほど。 俺も中国にはじめて行った時、 あまりに厳しすぎる中国人の友達(家庭教師)に疲れてしまい、 同じような空気を送ったことがある。 空気を送った上に「もう中国語を教えてくれなくてもいい」と言ったのだ。 結局、俺の場合は返ってその件があったからこそ親友にもなりえたんだけど、 どこの国の人でも口で伝えないとまったく分かり合えない。 日本びいきとされる台湾人でさえもだ。 日本人の間で「KY」と言う言葉が使われるようになって久しいが、 「空気を読む」ことの意味が常識の範囲を超えてしまっている。 おかしい。 おやじギャグを言ってみただけで「KY」のレッテルを貼られる(人がいる。汗) 俺が思うに、 ヘタに空気が読める人というか、 周りに合わせようと必死な人は、 世界的に淘汰されていくと思う。 ただ、さりげなく空気が読めるスマートな人間になりたい…。 豆乳をちびちび飲みながらそんなことを考えてたら、 あっという間に時間が経ってしまい、急いで店を出た。 この食堂の向かいには鉄道博物館があり、 この時間には開館していなかったが、 外からでもSLを見ることができた。 今度は食べ歩きを中断して、 買い物をしに中心部へ戻る。 城中市場に行って、家族や友達へのお土産を買うのだ。 5日間も台北にいたにもかかわらず、 観光地をあまり訪れなかったせいか、 お土産はぜんぜん買っていなかったのだ。 と、その前に腹ごしらえ。 西町駅から城中市場方面に歩いていくと、 雪花氷の店を発見。 ![]() 干記(杏仁系デザート専門店)の前の通り 台北ではまった食べ物のひとつが雪花氷だったので、 帰国を前にして、どうしても我慢できなかったのだ。 カウンターには色とりどりのトッピングが選べるようになっていて、 芋餅だのタピオカだの、3種類ぐらい入れてもらった。 ![]() 杏仁雪花氷 60元/210円 きました! うずたかく盛られた氷はいつ見ても美しい。 一口食べると、杏仁の香りが口いっぱいに広がった。 下に埋もれた芋餅は、 残念ながら完食できず。 味のないものを噛むのは満腹中枢をこれでもかと言うほど刺激する。 でも、最高の雪花氷だった。 こういうおいしいものは世界中にもっともっと広げるべきだ。 (できれば安く…) レシピを公開してくれればなおさらいい。 砂糖と牛乳は分かったけど、 後のレシピはさっぱり分からない。 芋餅ですっかり満腹になり、 腹はポッコリ。 Tシャツが汗でベットリと腹にまとわりついて、 フォローのしようもないほどの姿。 本当に、台北市民に失礼ではないかと思われる容姿に、 我ながら笑ってしまうほど。 でも、生ジュースの店の前を通ってしまった。 店内には新鮮な食べごろのフルーツが所狭しと並んでいる。 こんな食生活をすると体を壊すことは分かっているけど、 一期一会だ。 で、すかさずパパイヤミルクを注文。 ![]() オレンジ色に熟したパパイヤと生クリームのような濃厚牛乳をミキサーにかけて… あと何を入れるんだろう…と思ってたら、 ただこれだけだった。 唖然…。 文字通りのパパイヤミルクは、 なんともいえない濃厚な色で、 溶き卵のよう。 これがうまいのなんの。 パパイヤミルクは香港で1回飲んだことがあるけど、 青臭いのが印象に残っている。 ここのは雲泥の差。 というか、 まったくの違う飲み物だ。 素材がいいんだろうな。 ※写真を撮るのを忘れるほど美味でした。 ほどなくして城中市場に到着。 地球の歩き方によると、 翡翠系の土産屋が軒を連ねているというこの市場。 スリに注意とのことだった。 ![]() ところが、当てにしていた翡翠屋は2〜3軒しかなく、 しかも少し割高で品数も貧弱。 お土産を買うには適さない市場ではあったが、 ひとつ120元/420円の翡翠ストラップを6個購入した。 ここは翡翠の市場というよりは、 衣類系の店が多かった。 ![]() それもおばさん好みのきらびやかさ。 デザイナーズ系の服らしいです(汗) ![]() 他には蜂蜜の店など…。 見物するには楽しい市場でした。 ![]() 奥へ進んでいくと食べ物市場になっていて、 色とりどりのフルーツや野菜が売られています。 フルーツ地帯を過ぎると今度は食堂街。 ![]() 昼前だったので人通りは少なかったけど、 惣菜屋も多くありました。 ![]() ![]() ドラゴンフルーツ3個100元(350円) スターフルーツ4個100元 パパイヤ1個50元(180円)也 そんなに安くはないけど、値段は交渉次第。 ![]() 厨房を店の前面に配置するのって、 日本ではあまり見られないけど食欲をそそりまくります。 ![]() バイキング形式の店は市内にたくさんあったけど、 どの店も本当においしそうでした…。 しかも料金は500円ほど。 手前のナスもきれいに色止めされていました。 城中市場で目の保養をしたあと二・二八公園へ。 食べるほかにも やっぱり博物館などでその国の根っこの部分を知りたかったのだ。 ガイドブックによると、 この公園はやはり日本の統治と関係があったところらしい。 池では気持ちよさそうに亀が泳いでいた。 ![]() ![]() 公園のメインの建物が台北博物館。 ![]() 宮殿作りの重厚な造りで、 日本統治時代に作られた施設だったらしい。 入館料の20元(70円)を払い中へ入ると、 吹き抜けのホールを中心に展示室が左右に配置されていた。 台湾の動物や自然、原住民を紹介する内容で、 ゆっくり見て回りたかったが、 残念ながら時間がなかったためにほぼ素通り。 次に行ったのがこの公園の名前にもなっている228事件の施設だ。 あまり大きくはないが、 ここは日本統治時代のラジオ局だったところだ。 ![]() 二二八記念館 ここも入場料は20元(70円)。 MRTと同様、公共のものはかなりお得だ。 中へ入ると、案内係のおじいさんがニコニコしながら 「こちらからどうぞ」 という風に何も言わずに手招きしてくれた。 俺が日本人と分かってのことだろう。 うれしい。 過去のことについて、 日本が周辺国にしてきたことは二度としてはいけないが、 それはこれからの未来の話。 一方、過去にさかのぼって、 その歴史的な責任を知るのはこれからの未来を考えるよりも もっと過酷だ。 だから、このような歴史施設で、 日本統治時代に生きた人から暖かく接してもって この上なく安心した。 未来のために過去を知るのは、お産的な痛みを伴うが、 それで生まれてくるものもあるのかも。 気合を入れて入場した。 が、 228事件について、 自分は何にも知らずにここを訪れたのだが、 日本の直接的な関与はないらしい。 ほっ…。 この事件は日本の統治時代が終わってから起きた。 それも、中国では蒋介石率いる国民党と共産党が内戦していた時代。 台湾のおばさんが政府の厳しい取締りに違反したと言うことでお役人に殴られ、 それに抗議した住民が発砲され死亡。 その事件はすぐに反政府の暴動に発展し、 このラジオ局から台湾全土に暴動への参加を呼びかける放送が流された。 中央政府は弾圧のために大陸から軍隊を送り、 たくさんの住民や、 民主運動家らを次々に惨殺。 その数3万人弱。 いまだに行方不明の人や、 いつ、どこで、どのように殺されたのかも記録にさえ残ってないらしい。 蒋介石が台湾で中華民国政府を樹立した後、 台湾は独裁国家となり、 87年まで戒厳令がしかれていたという…。 しかも惨殺された人の名誉が回復したのはそれよりも最近のこと…。 館内には沢山の犠牲者の写真が展示されていた。 唖然とした。 87年ってことは、つい最近まで台湾は暗黒の時代だったのか。 てっきり日本と同様に、 戦後は右肩上がりの成長を遂げてきたとばかり思っていた。 なんということだ…。 例えて言うなら、 身近な友達の人生に実は暗い背景があったのだと知ったときの、 ショックに近い。 ショックと同時に、 様々な謎が解けた。 なぜ蒋介石が今では負の遺産的な人物とされているのか。 …この二二八事件に関与していた可能性は高いらしい。 彼は中国、台湾でさえも統治する器が備わっていなかったのか? もし中国共産党に蒋介石が勝っていたとしても、 彼が治めるのは無理だったのかもしれない。 この記念館で一番心に残ったことは、 「50年に及ぶ日本統治時代の間、台湾と中国との間には大きな隔たりができてしまったことがこの事件のひとつの原因」 と言うこと。 根っこは同じなんだけど、 台湾は日本化といえどもしっかりとした教育がなされ、 逆に、本土側からするとそれは敵国の分身でしかない。 日本の統治自体、暗い歴史と考えるが、 その後の身内の統治が比べ物にならないくらいの暗黒的な時代をもたらしたために、 台湾の人の日本観はかなり良い方になっているのだろうか? この施設ですごせた時間はほんの30分であったが、 有意義な時間だった。 台湾にこんな過去があったなんて。 夜市メニューを腹いっぱい食ってさよなら〜っていう旅行になるとこだった。 記念館の最後のコーナーには、 入館者の感想が貼られていた。 自分は素直に驚きを書いて壁に貼り付けておいたが、 他の日本人のを読んでみると、 ただただ平謝りしているのがいくつかあった。 日本軍の虐殺と勘違いしているらしかったけど、 しっかりと正しく知るべきだ。 また、館内の日本語の説明ももっと多くしてほしいな…。 ![]() 緑豊かな二二八和平公園 公園を後にして、 今度は急いで駅前の三越へ。 お土産をまだまだ買わないといけないのだ。 と、その前に駅で悠遊カードを返却。 デポジットは100元であったが、 手数料が引かれて70元ぐらいしか戻ってこなかった。 それだったら、記念に持って帰りたかったな。 ![]() 三越の入ってるビル(右) 日系の高級デパートはいたるところに開店してるけど、 この三越に入った感想は「庶民的」。 台北の一等地に、 しかも天下の三越としては内部がボロげ。 と言ってもフードコートとスーパーしか見れなかったんだけど、 規模が小さく品揃えが貧弱。 しかも食料品はおよそ半数が日本メーカーもしくは日本食関係。 需要があるためと思われるが、 台湾のお土産を買いに来たのにがっかり。 でももう他の場所で買ってる時間もないので、 パインケーキや タピオカ、杏仁露、 ふかひれとアワビの缶詰、 XO醤、 コーヒー紅茶の素などなどを買いあさった。 午後1時。 台北ともお別れの時間だ。 ビルの間からは楽しそうな通りが奥に続いている。 行ってみたいけどもう時間がない。 ![]() 台北の街にお辞儀をして(心の中で)、 バスに乗って空港へ向かった。 予定を大幅にオーバーして、2時半頃空港到着。 空港で余った台湾元を日本円に戻した。 3000元が約9000円に。 リーマンショックの円高効果がじわじわと出ているらしい。 両替しても数百元が残ってしまったので、 少し遅めの昼飯を食うことにした。 空港内には2つのレストランがあり、 夜市の屋台街を再現したような所と、 小さなフードコートのようなところがある。 一つ目は閑散とした空間に屋台らしいものが間を空けて並んでるんだけど、 その屋台を1人のおばさんが掛け持ちしていた…。 夜市を再現したいのは分かるけど、 これじゃあまるでモグラ叩き。 おばさんには悪いが、もう一つのレストランへ。 まあ、ここも期待してなかったが、 カウンターでやる気のない姉ちゃんに海鮮ラーメンとインゲンの炒め物を注文。 ![]() 海鮮ラーメン、インゲンの炒め物、台湾ビール、計360元(1260円) 具はたっぷりで、 えび、イカ、かき、ホタテなどなど、 日本よりも豪華なラーメンだったけど、 ぬるい。 致命的。 さすが空港だな…と思ってたら、 今度はカウンターの姉ちゃんがまかないを食べながら客席へ。 どんぶりを片手に椅子を整理していた。 唖然。 唖然の極み。 これでも国際空港か? 中国でもめったに見ることができないであろう この大胆なパフォーマンス。 最後に悪いものを見てしまった気分だったけど、 台湾ビールでひとり乾杯した。 ごちそうさま。 食べ歩きの旅の最後を飾ったメニューが、 こんなぬるいラーメンだなんて…。 しかも今まで食べたどんなメニューよりも高かった(大汗)。 ![]() 飛行機は予定通り16:30に台北を発った。 明日から現実の世界がはじまるなと思うと、 余計に台北が恋しくなった。 ![]() 飛行機は台北を惜しむかのように 大きく旋回して、 台北全体を見せてくれた。 便宜上とはいえ、旅行者にはとてもありがたい。 また明日からがんばれる元気をもらった。 ありがとう!! ![]() 河口付近のゴルフ場の左が淡水の街です ![]() 飛行機からみた台北101 ![]() リアス式の海岸が広がる台北東部 機内食は肉メニューが売れ切れということで、 強制的に魚メニュー。 ![]() 機内食をまずいとか言うのは嫌いだが、 中華航空の機内食は、 味が見た目についていってない。 つまり見掛け倒し。 エコノミーだからって言わずに、 味付けだけでもどうにかしてほしい。 ただ、 俺の旅の有終の美を飾るのが あのぬるいラーメンじゃなくて良かった。 すばらしい景色を見て食べることができたし。 台湾を発ってしばらくして、 眼下に広がる雲が雪花氷に見えた。 こんどまたありつけるのはいつの日かな。 ![]() 約60品の愛すべき台湾B級グルメたち(特色的な飲み物含む) 機内食もある意味B級でしたので入れておきます…(イヤミ)
最初の計画では夜市のメニューをすべて食べつくすつもりだったのですが、 私の胃袋では到底無理な挑戦でした。 まだまだ食べたい料理、 まだまだ行きたかった夜市はたくさんあったのですが、 タイムアップでしぶしぶ帰国してきたという感じです。 B級グルメの定義は自分なりに「うまくて手ごろな名物」だと思います。 正直、そんな都合のいいグルメはそうそうありませんが、 自分のツボに当たるような食べ物が台北夜市には沢山ありました。 注文したのを後悔するようなメニューがあったのも確かですが、 美味しさの他にも庶民的なマイナーさが私の心を丁度よくくすぐってくれるのです。 自分だけが知っているような味というか、そんなものを感じさせてくれます。 そんな愛着の持てるB級グルメをランキングするのは難しいですが、 いまでもまた食べたいとしょっちゅう考えてしまうメニューがあるんです。 それは… 「臭豆腐」 自分でも意外でした。 あの臭いにハマるとは。 臭いだけだったら自分の足を嗅いでればいいのですが、 (そういう趣味はありませんが…) 熱々のところをまたハグホグと頬張りたくなるような、 やみつきになる味でした。 ※台湾の代表的B級グルメ…牡蠣オムレツ、臭豆腐、魯肉飯、肉圓、肉粽、水煎包、麺線、おでん、ルー味(醤油煮込み) 台北の人たちはみんなフレンドリーでした。 ここが台湾が日本人に好かれる理由かと。 私は一人旅が好きでやっているのですが、 これほど寂しさを感じなかった海外は初めてでした。 これはやはり台湾の人たちの人柄と 国の状態(治安、観光資源、日本人観、物価、交通機関などなど)の良さから、 安心して旅行できたんだと思います。 一人がいよいよ板についてしまったかという危機感も感じないほど…(危)。 それと、台湾は質的に日本と似ている部分が沢山あると思います。 大きな共通点は、他国の文化を積極的に取り入れ、 自分たちのものにしていくこと。 台湾では日本を客観的に見ている感覚にとらわれることが沢山あり、 日本統治という時代があったとはいえちょっとびっくり。 よく、 日本はアメリカを見て台湾は日本を見ているといわれますが、まったくその通り。 お互いに、安っぽいただの真似事にしか見えないものもあるけど、 いろいろないいものを積極的に取り入れるのは、 日本と台湾の得意技みたいです。 ただ、外ばかりに目を向けすぎる傾向もあることも確か。 日本、台湾共に台風と地震が多いことが関係してるのでしょうか。 破壊と再生を繰り返すうちに、 より良い外のものをいち早く取り入れる技術がついたとも考えられます。 または、台湾は外国の統治を古くから受け、 日本は戦後、アメリカの統治(?)を受けているという 複合文化の性質をお互いに持っているからかもしれません。 もしくは経済的に日本の構造を見本にしたために、 沢山のものが日本寄りになったのか…。 もしくは同じ島国だからか…。 こんなこと考えてもしょうがありませんが…。 あと、心に残ったことは台湾人の歴史観。 日本統治時代=古きよき時代とまでは言えないにしても、 中国のように完全否定していない状態でした。 自分としては中国、韓国と状況は同じと考えていたので、 驚きました。 正直ほっとしたのも確かですが…。 帰国後、二二八記念館のパンフレットを読み返すと、 見学時には気づかなかった重要なことがわかりました。 (訳) …殖民統治下の台湾知識分子は民主、自由、平等を要求していた。 台湾社会は日本による50年の殖民統治を経て、 司法、警察、教育、金融等等の国のシステムのほかに近代的なインフラも整備され、 台湾人の生活と習慣、概念が変化していった。 この期間に、動乱の収まらない大陸との間には大きな文化的差異が生じ、これが二二八事件の背景となった。 終戦後、大陸から来た官民は台湾人の日本化を「奴化」とみなし、これが双方の摩擦に発展。 日本の投降後、台湾の民衆は中国政府を大歓迎したが、これが悲劇の発端に。 この時に中国政府を熱烈歓迎した台湾のエリートや民衆達は 「祖国」によって無念の死を遂げるとは思いもよらなかっただろう。 新しく来た中国政府は征服者として台湾を統治し、台湾人は祖国との間に大きな距離を感じた。 政治は腐敗し、経済、治安の悪化で刑事案件は28倍に増加、軍と民衆の衝突が絶えなくなった。 二二八事件の発生は偶然起きたわけではないのである…。 台湾と中国の問題はずっと以前からありますが、 なぜ台湾が独立路線をとってきたのかを垣間見ることができました。 最近は中国との距離が縮まりつつある台湾ですが、 経済的な背景のほかにも根本的な問題があり、 簡単には歩み寄れない理由が残っていくと思います。 そして、ここにあるように、 日本の統治について、反乱や反抗よりも そこで台湾が得たものについて書かれています。 確かに搾取だけではなかったようですが、 日本の敗戦は台湾では「光復」と言います(中国、韓国も同様)。 この意味を考え、 日本は謙虚に台湾に接するべきだと思います。 これから台湾の進む方向によっては、 今の歴史観もいつ方向転換するか知れません。 いくら日本びいきとはいえ、 この良好な状態を維持していくためには、 反省と謙虚さは欠かせないことだと思いました。 旅の会計(成田起点)
今回の旅の費用は成田を起点にして8万弱でした。 ツアーにすれば、もっといいホテル、もっといいメニューがあるかも知れませんが、 便の時間帯や自由に動ける時間を考えると、 食べ歩き旅には自己設計プランが最適です。 台湾の物価は日本よりは安いのですが、 他のアジアの国に比べると高めだと思います。 いろいろな見方があると思うのですが、 夜市メニューなどのB級グルメは単価は安いのですが量は少ないので、 よくよく考えてみるとお得感が薄れていく感じです。 台北の大卒初任給が10万円ほどで日本の半分ですが、 ビックマック指数は日本とほぼ変わりがないという状況なので、 日本の物価に比べて台湾のは何割ぐらいかというのは考えても出てきませんでした。 ※食べ物、交通費などの基本的な物価は日本の6割ほどでしたが、 全部ひっくるめると7〜8割ぐらいじゃないでしょうか…。 帰国後の体重 1キロ増 一日10キロ弱歩き回った効果で、 これだけ食べて1キロで済んだ…と、前向きに考えることに。 |
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