3. プレー山に登る
あらかじめ予想はついていたものの、プレー山 Montagne Pelee 1395m の登山に関する事前情報の収集は大変だった。ネット時代とはいえ、検索してひっかかって来る記事の多くはフランス語である。

それでもなんとかなるもので、建て増し旅館のように複雑なマルチニーク県政府の公式観光ホームページ内に詳細なトレッキングガイドを見つけた時点で、我々一行は勝利を確信したのだった。

……が

「モンプレーの山頂溶岩ドームはいつも雲の中」by 教授様

K教授の知人の話では、プレー山の天候は難しいとのことだった。まあ、想像通りではある。

天気図の等圧線がへだれ〜と疎らな熱帯の海に浮かぶ島では、ちょっとした条件変化で天気がコロコロ変わる。天気予報は地域全体の大きな変化を知るためのもので、結局、アタックはその朝の空を見て決めるしかない。

滞在3日目、この朝教授様は早々と沈殿を決定、1号車メンバーと共に、宿で勧められたマングローブ林の見学に出かけて行った。

しかし、諦めの悪いメンバーで構成された2号車は、ダメモトでプレー山登山口のアイルロン le Aileron まで来てしまった。

朝、ネットでチェックした NOAAの衛星写真は、海域の空気が乾燥していることを告げていたのである。

なんか行けるかも。

駐車場には早々と先行者たちの車が並んでいた……というより、この時点で午前11時近く。明らかに出遅れである。

アイルロン登山口はプレー山頂の東側、標高824mに位置する。
カリブ海と大西洋の両方が見渡せる駐車場には展望台と小さなレストハウスに、トイレや案内板なども完備されており、要するにちょっとした観光地である。

早速登山を開始すれば、最初から絶景である。

(写真中央よりすこし下の赤い屋根がある場所が、登山口)

道は非常に良く整備されており、フランス本国のアルプス地域と同じような感じ。

この時期(2月はじめ)の気温は、ちょうど日本の北アルプスの夏と同じような感覚だった。晴れれば暑いが湿度は低くカラリとしている。曇ると途端に寒くなるため、厚手のヤッケ必携である。

日差しが非常に強いので、水と日焼け止めの準備は完璧に。

途中、つるつるに摩耗した溶岩上の急斜面のような、ちょっと面倒くさい場所もあるが、登山開始後1時間足らずで、外輪山に続く尾根にたどり着く。

ここから風景が一変し、ご本尊の溶岩ドームを見渡せるようになる。これは1902年のものではなく、1929年噴火の際にできたドーム。

反対側を見れば、こんな感じ。

コルから少し登ると、小ピーク、 le Aileron 1107m である。

ここからは、それほど急でもない尾根道がしばらく続き、なんとなく歩いているうちに外輪山にたどり着く。そこからは、ほとんどアップダウンのない平坦な道。


相変わらずの絶景ではあるが、少し雲の底が下ってきたのが気になるところ。

外輪山の火口壁(右)と、1092年溶岩ドーム。

プレー山は1902年の後、1929年にも噴火しているが、今ではすっかり緑に覆われ、たった80年前に火山灰やら火山弾やらをブースカ吐きだしていたとはとても思えない。

足もとにはフカフカした立派な土壌までできていて、さすが熱帯。

外輪山の平坦道をしばらく歩くと避難小屋があるが、その手前から火口底に急降下する道が分岐し、そのまま溶岩ドームに登ることができる。

火口底の中は、文字通りのジャングル。霧にはぐくまれた着生植物や、ランの仲間など、面白い植物が見られる。

考えてみれば、ここに到達するまでの間、火山らしいイオウ臭や地熱を全く感じなかった。

噴気がまったく見られない=有毒な火山ガスの影響を受けないことも、植生が発達する原因なのだろう。


それにしても、事前に知らされなければ、誰がこの山をつい最近噴火したばかりの火山だと思うだろう。

さて、いよいよご本尊、かつてサン・ピエールの町を滅ぼす元凶となった溶岩ドームへアタックである。

火口底から、標高1364mの1902年溶岩ドームまで、標高差160mほど。山頂への道は、とんでもない急登である。つづら折りという概念がないらしいこの島では、自動車道も登山道も、最も効率良く(?)一直線に高みを目指す。

この頃から天候は悪化、北東からビシバシ吹きつける貿易風に晒され、体感気温はどんどん低下。長袖ゴアテックスの春秋用ジャケットを持っててよかった……

もはや口もきけない体育会系の世界。

やっとの思いで1902年ドームの山頂(写真)。

後になって写真で見るとなんていうことはないが、撮っている時点では、あまりの強風に立っているのもやっとで、生命の危険すら感じる状態であった。

あちこち登ったけれど、こんな凄い風ははじめてっっ。

ひと足早く下りて来た人たちに「絶景だヨ」と言われていたが、もはや雲が切れるのを待つ気などなく、ひたすら(少しはマシな天気が期待できる)ドームの風下側に下る。この道がまた凄い急降下で……

期待通り再び晴れてきて、とりあえずホッ……

山の西側(サン・ピエール側)にはグラン・サバンヌ Grand Savanne という登山口もあり、道はそこに通じているが、今回は外輪山北縁を半周して避難小屋に戻り、往路をたどってアイルロン登山口に戻ることにした。

再び貿易風の風上になり、雨も降りだすが、幸いたいしたこともなく、無事下山した。


この3日後、再び教授様&1号車ご一行とともにプレー山に登ってしまった律義な2号車メンバー。

この日はもちろんスタート時間を早めたものの、やはり溶岩ドームは霧の中。


(写真は登山道の切通部……とゆーかいわゆる登山道ガリ〜で見られた炭化木)

前回で懲りた筆者はこの日はドームに登らず、外輪山で植物写真など撮って遊びほうけていたが、教授様らハード指向の方々は、1902年溶岩ドームのみか29年ドームにまで登ってきた!

1929年ドームは02年より更に道が悪く、大変危険だったそうだ。
確かに戻ってきた皆さんは少なからず切りキズをこさえていた。


モン・プレー登山:
コースタイム(小休止含む実績)……アイルロン登山口 824m>約50分>アイルロン小ピーク 1107m>約30分>ドームへの分岐 1245m>約10分>火口底 1200m>約20分>1902年溶岩ドーム 1364m>約50分>グラン・サバンヌ分岐 1155m>約50分>避難小屋 1245m>約1時間>アイルロン登山口

(1929年ドーム 1395m へ行く場合、1902年ドームから往復約30〜40分追加、ルートは危険)

(軟弱系情報:アイルロン登山口のレストハウスは外観こそイマイチだが、軽食がおいしい。下山後の一服におすすめ!)

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アバウトですが、プレー山地図を作りました。
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