南家 Ⅲ

貞嗣孫〔熱田大宮司・星野・千秋・高倉〕

 
貞嗣 ┳ 吉備成 ━ 成嗣 ━ 有椙 ━ 茂蔭 ━ 惟法(太宰大監、或少監)
  ┣ 直世(従五位下。越後守)
  ┣ 三藤 ━ 近臣
  ┣ 常守(従五位下。下野守。母同三藤)
  ┣ 安野 ━ 直行 ┳ 有秋(従五位下。常陸介)
  ┃   ┗ 長平(太宰少監)
  ┣ 岑人 ┳ 恒良 ┳ 諸蔭 ┳ 利博 ┳ 昌平
  ┃   ┃   ┃   ┃   ┗ 挙直 ━ 以通
  ┃   ┃   ┃   ┗ 博雅 ⇒B
  ┃   ┃   ┣ 善蔭
  ┃   ┃   ┗ 連蔭(筑前介)
  ┃   ┗ 近代(従五位下。石見守。母通永女)
  ┣ 高岑 ━ 瀧主 ━ 利仁 ━ 時頼 ━ 季雅 ━ 季孝 ━ 頼孝
  ┗ 高仁 ┳ 保身(従五位下)
  ┣ 保蔭 ┳ 道快(或道扶。従五位上。備中守、或介)
  ┃   ┣ 道明 ⇒A
  ┃   ┣ 道微
  ┃   ┗ 女子(橘良殖室)
  ┗ 保行(越後掾)
A⇒ ┳ 尹衡(従五位下、或正四位下。若狭守。母橘房上女。
  ┃   延喜20年7月7日(ユリウス暦:920年8月23日)卒〔系図纂要延喜21(921)年7月〕)
  ┣ 尹文 ┳ 永今(系図纂要作永令。従五位下)
  ┃   ┣ 永保 ┳ 高規 ━ 通能 ━ 国信 ━ 俊任(※尊卑分脈・系図纂要作
  ┃   ┃   ┃   通能子。文。
  ┃   ┃   ┃   従五位下。斎院次官)
  ┃   ┃   ┗ 高快 ┳ 範基 ┳ 泰房 ━ 静慶(園城寺。阿闍梨)
  ┃   ┃   ┃   ┣ 俊範(刑部丞)
  ┃   ┃   ┃   ┗ 経円(園城寺)
  ┃   ┃   ┣ 高親(従五位下)
  ┃   ┃   ┣ 俊経 ┳ 俊範 ┳ 兼永 ┳ 兼盛(但馬権守〔
  ┃   ┃   ┃   ┃   ┃   ┃ 系図纂要作但馬守〕)
  ┃   ┃   ┃   ┃   ┃   ┣ 俊保(従五位下。
  ┃   ┃   ┃   ┃   ┃   ┃ 壱岐守。縫殿助)
  ┃   ┃   ┃   ┃   ┃   ┗ 仲俊
  ┃   ┃   ┃   ┃   ┗ 兼行
  ┃   ┃   ┃   ┗ 経忠(或俊範同人)
  ┃   ┃   ┣ 康基 ━ 基信(蔵。従五位下。宮内丞。
  ┃   ┃   ┃   母藤原忠孝女)
  ┃   ┃   ┣ 経親(木工允〔系図纂要作木工助〕)
  ┃   ┃   ┣ 円高(尊卑分脈・系図纂要作円豪。
  ┃   ┃   ┃   園城寺。権律師。聲明師。
  ┃   ┃   ┃   康平6年7月7日(ユリウス暦:1063年8月3日)滅)
  ┃   ┃   ┗ 女子(讃岐守藤原邦恒室。経行母)
  ┃   ┣ 永頼 ┳ 能通 ┳ 実範 ⇒①
  ┃   ┃   ┃   ┣ 女子(藤原経季室。通家母)
  ┃   ┃   ┃   ┗ 女子(藤原範永朝臣室。良綱母)
  ┃   ┃   ┣ 信理 ┳ 忠孝(民。従五位下。伊勢筑前守)
  ┃   ┃   ┃   ┣ 敦親(蔵。使。右兵衛佐。駿河守。
  ┃   ┃   ┃   ┃   正五位下。皇后宮大進)
  ┃   ┃   ┃   ┗ 頼寿(延暦寺。権大僧都)
  ┃   ┃   ┣ 信通 ┳ 永通(左近大夫)
  ┃   ┃   ┃   ┣ 永職 ┳ 永明(或永命。園城寺。阿闍梨)
  ┃   ┃   ┃   ┃   ┗ 女子(藤原有綱室)
  ┃   ┃   ┃   ┣ 重通(小一条院判官代)
  ┃   ┃   ┃   ┗ 信頼 ┳ 永俊 ┳ 兼信 ┳ 範信 ━ 憲行
  ┃   ┃   ┃   ┃   ┃   ┣ 憲綱 ━ 憲仲
  ┃   ┃   ┃   ┃   ┃   ┗ 憲政 ━ 範経 ━ 範高
  ┃   ┃   ┃   ┃   ┣ 忠延(延暦寺)
  ┃   ┃   ┃   ┃   ┗ 長暹(法眼)
  ┃   ┃   ┃   ┗ 信俊(民。従五位下。大和守)
  ┃   ┃   ┣ 保相 ━ 資良(蔵人。尾張守)
  ┃   ┃   ┣ 永信 ┳ 実宗
  ┃   ┃   ┃   ┣ 永業 ⇒②
  ┃   ┃   ┃   ┗ 永生
  ┃   ┃   ┗ 女子(附載)
  ┃   ┣ 永平 ━ 保平(従五位下)
  ┃   ┣ 慶円(天台座主。無動寺。後三昧座主。大僧正。
  ┃   ┃   寛仁3年9月3日(ユリウス暦:1019年10月3日)入滅75又69〔僧官補任〕。
  ┃   ┃   ※或云尾張守藤原連真子。又或道明子。
  ┃   ┃   按台密血脈譜作永頼子)
  ┃   ┗ 女子(藤原実資母)
  ┣ 尹瞻(従五位下。周防守)
  ┣ 尹甫 ┳ 相親
  ┃   ┣ 弘高
  ┃   ┣ 佐光 ━ 資経 ┳ 資俊 ━ 資盛 ━ 資行 ━ 資昌
  ┃   ┃   ┃   (上西門院蔵人)
  ┃   ┃   ┗ 資任 ━ 盛綱
  ┃   ┗ 相正(内舎人)
  ┣ 尹忠 ┳ 貞節(木工允〔系図纂要作木工頭〕)
  ┃   ┣ 貞廉 ┳ 為頼 ┳ 為時(式。従五位下。豊後守)
  ┃   ┃   ┃   ┣ 経国 ┳ 国宗 ━ 経孝(或経隆。本名章宗。
  ┃   ┃   ┃   ┃   ┃   母越後守藤原能成女)
  ┃   ┃   ┃   ┃   ┗ 経覚(延暦寺)
  ┃   ┃   ┃   ┣ 為信(従五位下。中務丞)
  ┃   ┃   ┃   ┗ 忠重(従五位下)
  ┃   ┃   ┗ 実光 ━ 貞孝(蔵。式。式部丞。或貞廉。
  ┃   ┃   天元4(981)年9月於殿中頓死)
  ┃   ┣ 貞潔(正五位下。蔵人所衆。大蔵大輔)
  ┃   ┣ 女子(藤原重尹母)
  ┃   ┗ 女子(藤原惟友母)
  ┣ 尹風 ┳ 師衡 ━ 為盛(従五位下)
  ┃   ┣ 佐光(※尹甫子同人)
  ┃   ┣ 師頼(相模守。従五位上〔系図纂要作従五位下〕)
  ┃   ┣ 師信 ━ 順命(園城寺。阿闍梨。或本順昭)
  ┃   ┣ 女子(藤原元方室)
  ┃   ┗ 女子(藤原中正室)
  ┗ 尹生(猶子。従五位下)
①⇒ ┳ 成季 ┳ 永実 ┳ 尹隆(無官。或説永範父)
  ┃   ┃   ┗ 永範 ┳ 範貞 ┳ 尹範 ━ 家範 ━ 資範
  ┃   ┃   ┃   ┗ 国範(或光範男)
  ┃   ┃   ┣ 光範 ┳ 頼範 ━ 忠範 ┳ 邦範 ━ 春範 ━ 遠範
  ┃   ┃   ┃   ┃   ┗ 房暁
  ┃   ┃   ┃   ┣ 頼資 (実父藤原兼光。日野家参照)
  ┃   ┃   ┃   ┗ 円範(延暦寺)
  ┃   ┃   ┣ 孝範  ①-a
  ┃   ┃   ┣ 頼資
  ┃   ┃   ┣ 範良
  ┃   ┃   ┣ 業範 ━ 知範(文)
  ┃   ┃   ┗ 円範(或因範)
  ┃   ┣ 安頼(文。式。母同。従五位下。出雲権守)
  ┃   ┣ 教誉(興福寺)
  ┃   ┗ 勝修(延暦寺)
  ┣ 季重(無官。母同成季、或母同季綱)
  ┣ 季兼 ①-b 〔熱田大宮司流・星野・千秋
  ┣ 季綱 南家Ⅳ 〔高倉
  ┣ 行綱(無官)
  ┣ 興義(園城寺。阿闍梨。道澄寺別当)
  ┣ 実慶(興福寺。已講)
  ┗ 業仲
②⇒ ┳ 季永 (式。蔵。大宮大進。大和守。従五位下) ⇒②A
  ┣ 仲実 (式。蔵。文。母同季永。太皇太后宮大進。 ⇒②B
  ┃   宮内少輔。正五位下。)
  ┣ 定覚 (興福寺。律師。已講)
  ┗ 女子  
②A⇒ ┳ 清高 (式。文。蔵。母紀伊守永綱女。 ⇒②A2
  ┃   正四位下。院昇殿。弾正大弼。図書助。上總介)
  ┣ 憲泰 (勾当)
  ┗ 俊成  
②A2⇒ ┳ 清頼 (蔵。太皇太后宮権大進。弾正大弼。  
  ┃   上總介。従五位下)
  ┣ 高佐 (蔵。内蔵権頭。下総飛騨守。上野介。従四位下) ⇒②A3
  ┣ 資能 (蔵。母式部大輔藤原知仲女。右馬助。従五位上)
  ┣ 高業 (文。蔵。母周防守藤原宗季女。肥後権守。従五位下)
  ┣ 寛清 (興福寺。得業)
  ┗ 道舜 (園城寺。阿闍梨。実父実能云々)
②A3⇒ ┳ 季佐 (蔵。母伊勢守平貞正女。宮内大輔)
  ┗ 定佐 (猶子)
B⇒ 忠親 ┳ 明通 ┳ 親経 ┳ 経仲 ━ 雅仲 ━ 盛仲(文。後白河院北面)
  ┃   ┃   ┣ 経尹 ┳ 重政 ┳ 宗綱(式。後白河院北面)
  ┃   ┃   ┃   ┃   ┣ 重仲
  ┃   ┃   ┃   ┃   ┗ 重家
  ┃   ┃   ┃   ┣ 範綱(藤原有信子範綱同人)
  ┃   ┃   ┃   ┣ 宗業(藤原実重為子)
  ┃   ┃   ┃   ┗ 有範 ━ 尋有(延暦寺。少僧都)
  ┃   ┃   ┣ 有忠(明通子同人)
  ┃   ┃   ┗ 親円(園城寺)
  ┃   ┣ 有忠 ┳ 有親(従五位下。侍従所監)
  ┃   ┃   ┗ 重忠(无官。早世)
  ┃   ┗ 親長(或親経子)
  ┣ 助通(従五位下)
  ┗ 信算(園城寺)
■色の名前は公卿。
藤原 貞嗣
[ 天平宝字3(759)年 〜 弘仁15年正月4日(ユリウス暦:824年2月7日) ]
巨勢麻呂十三男。母藤原永手女。
弘仁10年3月1日(ユリウス暦:819年3月30日)任参議。
従三位・中納言。
藤原 道明
[ 斉衡3(856)年 〜 延喜20年6月17日(ユリウス暦:920年7月5日) ]
相模介従五位下保蔭一男。母信乃守従四位下橘良基女。
延喜9年4月9日(ユリウス暦:909年5月1日)任参議。
正三位・大納言。
藤原 尹忠
[ 延喜6(906)年 〜 永延3年8月2日(ユリウス暦:989年9月4日) ]
道明五男。母散位藤原常頼〔作?〕女。号・猪隈三位。
寛和2年7月23日(ユリウス暦:986年8月30日)叙従三位。
従三位・非参議。
藤原 永範
[ 康和2(1100)年 〜 治承4年11月10日(ユリウス暦:1180年11月28日) ]
従四位下行文章博士永実朝臣二男。母肥後守中原師平女。
仁安3年3月15日(ユリウス暦:1168年4月24日)叙従三位。
治承4年10月11日(ユリウス暦:1180年10月31日)出家。
正三位・非参議。
※没日は、13日とも。
藤原 光範
[ 大治元(1126)年 〜 ? ]
永範二男。母隠岐守従五位上大江行重女。
建久4年正月28日(ユリウス暦:1193年3月3日)叙従三位。
承元3年2月2日(ユリウス暦:1209年3月9日)出家。
従二位・非参議。
藤原 頼範
[ 応保2(1162)年 〜 ? ]
光範男。母清原頼業女。
承元4年12月26日(ユリウス暦:1211年1月12日)叙従三位。
承久3(1221)年10月出家。
正三位・非参議。

①-a 孝範子孫

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孝範は、永範の猶子で、実は、藤原北家の従五位上斉院次官利永の子。〔※実父利永(俊長?)の父盛仲は、尊卑分脈には、良仁子孫忠頼の子、真夏(日野流)子孫光憲の子として、2箇所に記載されている。〕
孝範 ┳ 経範 ┳ 茂範 ┳ 広範 ┳ 具範 ━ 言範(東宮学士)
  ┃   ┃   ┃   ┣ 藤範 ┳ 有範
  ┃   ┃   ┃   ┃   ┣ 嗣範
  ┃   ┃   ┃   ┃   ┗ 豊範
  ┃   ┃   ┃   ┗ 昌範
  ┃   ┃   ┣ 為範
  ┃   ┃   ┗ 重範 ━ 宣範(策。文。大学頭)
  ┃   ┣ 明範 ┳ 蔭範 ━ 基範
  ┃   ┃   ┣ 業範 ━ 雅範
  ┃   ┃   ┣ 俊範 ┳ 房範 ━ 元範
  ┃   ┃   ┃   ┗ 伊範
  ┃   ┃   ┗ 氏範 ┳ 行範 ━ 業範
  ┃   ┃   ┗ 賢悟(宝金剛院住持。南京律)
  ┃   ┣ 諸範 ━ 盛範(策)
  ┃   ┗ 淳範 ━ 秀範(或季範。策。文章博士。式部少輔。正四位上)
  ┣ 宗範 ━ 盛範(文)
  ┣ 保範 ━ 伊範
  ┗ 邦仲
藤原 経範
[ 文治5(1189)年 〜 康元2年正月14日(ユリウス暦:1257年1月30日) ]
越前守正四位下孝範朝臣一男。
宝治3年正月24日(ユリウス暦:1249年3月9日)叙従三位。
康元元年12月15日(ユリウス暦:1257年1月2日)出家。
従三位・非参議。
※生年は公卿補任の各年に記載された年齢から計算したものだが、
没年齢は71歳となっているので、文治3(1187)年生まれかもしれない。
藤原 茂範
[ 嘉禎2(1236)年 〜 ? ]
経範一男。
文永11年正月5日(ユリウス暦:1274年2月13日)叙従三位。
永仁2年3月29日(ユリウス暦:1294年4月26日)出家。
従二位・非参議。
藤原 明範[ 仁治元(1240)年 〜 正和3年9月4日(ユリウス暦:1314年10月13日) ]
経範二男。
正応元年6月1日(ユリウス暦:1288年6月30日)叙従三位。
従二位・非参議。
※生年は、尊卑分脈の没年から計算したもの。公卿補任の初見・没年の年齢から計算すると、安貞元(1227)年となるが、一男茂範より年上となってしまう。
※没年は、尊卑分脈による。公卿補任作正安3(1301)年・一代要記作正安3年9月23日(ユリウス暦:1301年10月25日)。
藤原 淳範[ ? 〜 正和4年9月7日(ユリウス暦:1315年10月5日) ]
経範四男。母筑後守従五位下平有範法師女。
延慶2年2月19日(ユリウス暦:1309年3月31日)叙従三位。
正三位・非参議。
藤原 広範[ ? 〜 嘉元元(1303)年 ]
茂範男。
正安元年7月8日(ユリウス暦:1299年8月5日)叙従三位。
従三位・非参議。
※公卿補任の初見時名広通。
藤原 俊範(本名伊範・清範・為範)[ ? 〜 嘉暦2年5月20日(ユリウス暦:1327年6月10日) ]
明範男。
正和5年正月5日(ユリウス暦:1316年1月30日)叙従三位。
正三位・非参議。
藤原 冬範(尚範・具範)[ ? 〜 元亨元(1321)年 ]
広範男。
徳治3年2月7日(ユリウス暦:1308年2月29日)叙従三位。
従二位・非参議。
藤原 藤範[ ? 〜 建武4/延元2(1337)年 ]
広範男。
正和5年8月12日(ユリウス暦:1316年8月30日)叙従三位。
従二位・非参議。
藤原 房範[ 乾元元(1302)年 〜 ? ]
俊範男。
康永4/興国6年4月16日(ユリウス暦:1345年5月18日)叙従三位。
延文3/正平13年8月17日(ユリウス暦:1358年9月20日)出家。
従三位・非参議。
※生年は、公卿補任の出家時の年齢57歳から計算。尻付に記載された年齢から計算すると、嘉元元(1303)年生。
藤原 有範[ 乾元元(1302)年 〜 貞治2/正平18年12月1日(ユリウス暦:1364年1月5日) ]
藤範男。
延文2/正平12年11月13日(ユリウス暦:1357年12月24日)叙従三位。
正三位・非参議。
藤原 元範[ ? 〜 応永8年8月3日(ユリウス暦:1401年9月10日) ]
房範男。
応永2年正月5日(ユリウス暦:1395年1月26日)叙従三位。
従三位・非参議。

①-b 季兼子孫〔熱田大宮司流・星野・千秋〕

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季兼の子季範が熱田大宮司尾張員職の養子となる。
尾張氏熱田大宮司家は、天照国照彦火明命の裔(三十二代?華族類別譜による)稲置見の後裔氏族。
季範以降、星野、千秋、野田、藤沢、大喜、薦野、寺深井、粟田口、三川などに分流。 千秋家は、明治に至り、華族(男爵)に列される。
尊卑分脈は、藤原氏として記載されているが、 季範以降は、華族類別録に従い、 尾張氏(千秋)に記す。
季兼 ┳ 季範(母員職女。寛治4(1090)年生。熱田大宮司相続)
  ┗ 憲実 ┳ 康弘 ━ 康重
  ┣ 仲経(玄蕃助大夫。九条院蔵人)
  ┗ 勝覚(熱田宮座主)

公卿類別譜〜公家の歴史〜について

  • 本サイトの公卿に関するデータは、
    東京大学史料編纂所公開用データベースに公開されている家譜、
    公卿補任(新訂増補国史大系53-57吉川弘文館。国史大系第9-11経済雑誌社)、
    尊卑分脈(新訂増補国史大系58-60下吉川弘文館
    新編纂図本朝尊卑分脈系譜雑類要集1-12吉川弘文館)、
    公卿諸家系図(土橋定代。続群書類従完成会。※知譜拙記)、
    系図纂要(名著出版)
    を基本として、その他諸史料で補完して作成しました。 知譜拙記と系図纂要からの出典には、その旨を注記してあります。
  • 菩提寺・居所に関しては、
    雲上明覧大全〔慶応4(1868)年版〕
    公卿諸家系図 土橋定代 (続群書類従完成会)のデータ〔※この2冊は同内容〕
    を基本としました。 家譜その他の系図史料等の葬地との異同は併記してありますが、
    実地調査はおこなっておりません。
  • 家業に関しては、諸家々業記、有職袖中鈔を基本とし、その他諸本で補完しました。
  • 家紋に関しては、
    雲上明覧大全〔慶応4(1868)年版〕を基本として、
    日本家紋総鑑 千鹿野茂(角川文庫)他、上述の事典などで補完・比較検討しました。
  • 年数の表記に関しては、ユリウス暦1582年10月4日までをユリウス暦に換算し、
    その翌日からをグレゴリオ暦に換算してあります。
    ユリウス暦の場合は、西暦の頭にユリウス暦であることを表記してあります。 ユリウス暦の表記がないものは、グレゴリオ暦であることを示します。
    和暦の改元の表記に関しては、改元した年の改元日から新元号の元年としました。
    西暦への変換に関しては、和暦の各月の大小の値を 「日本暦日原典」内田正男/著に従って、算出したものです。
  • 父母名などを表記する場合、公卿に関しては、官位官職、卿・公の尊称は省略しました。
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