針葉樹林と草原を出たり入ったりしながら、緩やかな上り坂をどんどん谷奥へと進んでいくと、次第に谷底が広がっていき、周囲は典型的なU字谷の風景に変わってくる。歩きはじめて40〜50分ほどで樹林が終り、道は広大な草原の中へ入っていく。このあたりまで来ると、正面にはピッツ・ブイン(3312m)の堂々とした姿も見えるようになる。森林が途切れてから10分程度で、第一の目標地点、アルプ・スオットの放牧小屋が見えてくる。
小屋の手前に標識があるので、「Alp Sura(アルプ・スーラ)」の表記に従い、右の道に入って坂を登ろう。100mほどで小さな沢を横切り、更に100mほど行くと、再び分岐がある。左に行くと放牧小屋、轍のついた道を直進すればスイス・アルペンクラブ(SAC)のトゥオイ小屋、右の斜面に向かって登っていく踏み跡がアルプ・スーラへの道になる。
踏み跡の道はなかなかの急斜面で、これまで平坦な道に慣れてきた足には少々きつく感じるかもしれない。エンヤコラという感じで5分ほど斜面を登っていくと、踏み跡が途切れ、ぐちゃぐちゃした湿地帯に入る。このあたりは小さなテラス状の地形が重なり、どの方向に進んでいいものか迷うかもしれないが、できるだけ靴が泥に潜らない場所を選びながら、地図通りに斜面をトラバース気味に進む。やがて沢に行き当たったら、右岸でも左岸でも良いので、それに沿って登っていこう。少し登ると乾いた道に出るので、あとは白地に赤のペンキ印のついた岩を探しながら、今度は谷の出口方向に向かって進んでいく。ここから先はしっかりと道がついているので、写真でも撮りながらのんきに歩くと良いだろう。周囲は急斜面に広がる牧草地で、牛のほか、この地域に多い羊の放牧風景が見られる。
アルプ・スオットの分岐から40〜50分ほどで小さな放牧小屋に出ると、そこからアルプ・スーラまではしばらくの間、轍がついた歩きやすい道になる。ここから先はときおり放牧関係の車両が通行するので注意。20分ほどでトゥオイ谷の出口にあるアルプ・スーラの放牧小屋に到着する。ここはトゥオイ谷におけるグアルダ村の放牧拠点で、小屋からグアルダ村までの標高差450mほどの斜面を、牛乳輸送用のパイプラインが結んでいるそうだ。
アルプ・スーラからはトゥオイ谷を出て、エンガディンの本谷に沿った斜面を歩くようになる。最初に標識で「Murtera Dadoura ムルテラ・ダドゥラ」を確認して歩き出そう。道は放牧車両用の道を離れ、柔らかい草が靴底に気持ち良い山道になる。
草原の広がる緩い尾根を越え、浅いカール状の地形に入っていくと、周囲の雰囲気がやや変わり、次第にガレが目立つようになって来る。ただし草付きも多く、歩きにくい部分は特にない。この斜面には比較的珍しい植物が多いそうなので、もしも高山植物に興味があったら、岩の間に根を下ろす高山植物のパッチをよく観察してみよう。ちなみに筆者が歩いたのは秋だったが、ブルーベリーの仲間の紅葉(草紅葉)の素晴らしさはこの地域でも指折りと思われた。時期が丁度合えば、ここでブルーベリーやクランベリーを採集して食べることもできる。
小さな沢を横切ったあたりがムルテラ・ダドゥラ。斜面上を見上げると、割合遠くなさそうな場所にちいさな小屋が立っているのが見える。スイス・アルペンクラブのクラー小屋で、付近には小さな湖などもあり、夏場はトレッキングの良い目標地になるそうだ。クラー小屋への道はここで分岐する急坂を登っていくが、今回はそのまま平坦な道を選んで直進する。
このあたりはアップダウンも少なく、エンガディンの谷の展望良好な楽しい道だ。秋であれば草紅葉の紅と落葉松の金色、そして日本だったらハイマツに相当する感じのねずの木の濃緑色のコントラストが美しい。風景を楽しんでいるうちに、放牧小屋のあるムルテラ・ダダイントMurtera Dadaintを経由し、ムントナウス Muntraus まで来る。この区間は小道がいくつも分岐しており、眼下にムント Munt の集落が見えているので、集落に向かって適当な道を選んで下り始めればよい。ただし、ここで注意しなければいけないのは、うっかりタスナ谷 Val Tasna 方面への道に入ってしまわないこと。地図上では今日の終点になるアルデッツへの近道に見えなくもないが、地元の人によれば、このルートはコンディションが悪いために非常に苦労するそうだ。
ムントから先は、完全に村の道になる。舗装道路でもハイキングルートでも、好きなルートを選んで終点・アルデッツの村まで一気に下ろう。アルデッツの村は、グアルダとはまた少々違った趣の民家が軒を連ねている。壁画などもなかなか美しいものがあるし、村の礼拝堂も興味深い。電車の時間を待ちながら見物して歩くと良いだろう
|