モッタ・ナルンスからアルデッツ ランク★★☆
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モッタ・ナルンス(2142m)〜アルプ・クリュナス(2444m)〜《ピッツ・クリュナス(2793m)》〜アルプ・ラレット(2202m)〜アルプ・ヴァルマーラ(1980m)〜アルデッツ駅(1432m)
地図:スイス国土地理院地形図1:25,000 SCUOL (Blatt 1199)、SILVRETTA (Blatt 1198)
コース概況:
 所要時間はモッタ・ナルンスからアルプ・クリュナスが1〜1.5時間、アルプ・クリュナスからアルプ・ラレットが30分、アルプ・ラレットからアルプ・ヴァルマーラが1時間、アルプ・ヴァルマーラからアルデッツ駅が1時間45分〜2時間くらい。もしもアルプ・クリュナスからピッツ・クリュナスへ登る場合はプラス一時間半〜2時間程度加える。

 途中で疲れてしまった人、時間のない人はアルプ・ラレットで切り上げ、フタンの村へ下りると良いだろう。アルプ・ラレットからフタンは1時間15分〜1.5時間。他にもエスケープルートは沢山あるので、地図で確認しておくと良い。

 モッタ・ナルンスからアルプ・ヴァルマーラまでは素晴らしい展望とお花畑の、スイスアルプスならではと言った感じの素晴らしいトレッキング。道はかなり歩きやすく、ちゃんとした靴さえ履いていればまず危険はない。アルプ・ヴァルマーラからアルデッツまでは明るい草原まじりの針葉樹林の中を、水量豊かな美しい川に沿って歩くハイキングになるが、この区間が意外に長いので、体力的にあまり自信のない人には少々きついかもしれない。反対にそこそこ体力があり、なおかつ日頃から登山に親しんでいる人は、小ピーク、ピッツ・クリュナス登頂もぜひ加えてほしいところ。

※筆者が訪れた時期(6月)はまだかなり残雪があり、ピッツ・クリュナスは山頂まで行かずに諦める事になった。雪が消える盛夏なら特別な危険もなく登れるそうなので、登頂なさった方のレポートをお待ちしております。

地域図はこちら

 シュクオル Scuol の裏山、冬は広大なスキーゲレンデになるモッタ・ナルンス Motta Naluns へは、ゴンドラリフトを利用して上がろう。乗り場はシュクオル駅から歩いて5分とかからない場所にある。ゴンドラリフトで上がったら、まずはレストランなどの入っている建物のすぐ下にあるモッタ・ナルンスのピークへ行き、準備運動でもしながら、しばしウンターエンガディンの谷と山々の素晴らしい眺めを楽しもう。ちなみに「モッタ」とははロマンシュ語で丘という意味だ。

 一息ついたら早速歩き出そう。標識でアルプ・クリュナス Alp Cluenas(ueはuのウムラウト)という地名を確認し、そちらの方角へ向かう。いきなり急な登りがはじまるので多少苦しいかもしれないが、上方に見えるスキーリフト駅の建物まで到達したら、そこから先はほぼ平坦なコースに移行するので、とりあえずそれを目標にゆっくり登ると良い。なお、この登りの区間はいくつかのルートが並行して通っているが、幅の広い道はスキー場整備の工事用車両が上がって来るので注意しよう。スキーリフト駅までは20〜30分ほど。道はところどころ分岐しているので、"Alp Cluenas"の標識をたよりに進もう。やがて道はほとんど平坦になり、ここからいよいよ楽しいお花畑ハイキングのはじまりだ。

 正面にピッツ・サン・ジョンやピッツ・リシャナの見事なカール、東には大きな氷河を抱いたエッツターラー・アルペンの山々、そして眼下のエンガディンの谷を望みつつのんびり歩いて行くと、ほどなくアルプ・クリュナスに到着する。可愛らしい小さな小屋のすぐ先が、小ピーク、ピッツ・クリュナス Piz Cluenas へ向かう道の分岐だ(ピッツ・クリュナス登頂断念記およびコースのディテールはこちら)。ピッツ・クリュナスに行かない場合は、標識にあるアルプ・ラレット"Alp Laret" の文字に従って、先に進もう。

 分岐からちょっと歩くと、右手に広々とした浅いカールが口をあけるようになる。やがて道はいくつかの細流を横切るようになるが、この水はカールの奥のミンシュン湖 Lai da Minschun という美しい氷河底湖から流れ出して来るものだ(ピッツ・クリュナスに登る場合は下山時にこの湖を訪れることになる)。

 カールを横切り終わると周囲は青々とした牧草地になり、道は次第になだらかに下降しはじめ、そのうちにどんどん斜度を増して下っていくうちに、アルプ・ラレットの小屋に到着。ここの見晴しの良いテラスでは、飲み物と軽食を取ることもできる。なお、このコースはここで切り上げ、フタン Ftan の村に下りてもかなり満足できるのではないかと思う。フタンからはバスで10分ほどでシュクオル駅、あるいはアルデッツ駅に出られる。

 本項では更に歩くことにする。アルプ・ラレットの小屋の下で道が分岐するので、標識でアルプ・ヴァルマーラ Alp Valmala の文字に従って進もう。ここから先、道はイン川の谷の支谷、タスナ谷 Val Tasna の奥に入って行く。今までとはだいぶ雰囲気が変わり、軽装のハイカーたちで賑やかだったアルプ・ラレットと較べ、こちらへ入って来るのはいかにも山歩きという感じの人たちばかり。周囲の風景も、なんとなく急に深山に入り込んだような印象を受けるが、このコースは大きな氷河を抱くスイス/オーストリア国境の高峰群へと続いているのだ。花の種類もさっきよりかなり増え、山好きの人にとってはこちらの方が好ましいのではないだろうか。

 道は徐々に高度を下げ、お花畑から疎林に入ると一気に急坂となって谷底に下りる。ここで道はいくつかの方向に分岐するが、私たちは目の前の川にかかる橋を渡ろう。橋を渡ったところがアルプ・ヴァルマーラ。小さな小屋があり、直訳すると「(アルプに出ている人が)お飲物とお食事に関して喜んで情報を提供いたします」という看板が出ているが、おそらく在庫があればここで自家製牛乳とチーズなどが買えるのではないかと思う。ちなみにこの時は近辺に人がいなかったようで、声をかけても誰も出てこなかった。

 アルプ・ヴァルマーラからはタスナ谷の出口に向かい、川に沿って下り返して行こう。道は川の右岸、左岸 ※注 の両方についており、好きな方を歩けばよい。途中には何箇所か橋もかかっている。道がよく整備されて歩きやすいのは左岸のほうだが、車をどこかに停めて少し歩こうという犬連れの人やマウンテンバイクの往来が多く、落ち着かない。ここでは右岸のアルデッツ Ardez 寄りを歩くことにする。 途中いくつか分岐があるが、標識で"Ardez"の文字を確認しながら行こう。

 道はしばらく明るいアルプと針葉樹の疎林をかわるがわる抜けて行く。このへんはアルプ・ヴァルマーラや、少し上のアルプ・タスナの放牧地になっており、牛や羊の群れが草をはむ姿がいかにものどかだ。この辺りに限ったことではないが、スイスでは普段登山道と放牧地を区切ったりすることはあまりないので(人がやたらと多いベルナー・オーバーラントあたりは別)、しばしば牛の群れが登山道をふさいでいることがある。普通はなんということはないが、仔を連れた母牛は雄叫びを張り上げ、登山者に威嚇の姿勢をとることがあるので、驚かさないように気をつけよう。

 やがて周囲は次第に深い針葉樹林に入り、タスナ川の流れのすぐそばを歩くようになる。川は水量豊かで幅があり、水が光を反映するおかげで針葉樹林の印象を明るいものにしている。また、このタスナ谷は雪崩が多いようで、谷底まで押し出された雪が川をまたぎ、あちこちに巨大なスノーブリッジを作っている。これはかなり遅い時期まで残る年もあるそうで、なかなか豪快な眺めだ(スノーブリッジの下に入りこむなどという蛮行は絶対にしないように!)。とにかく進むごとにいろいろな景色があらわれる。

 アルプ・ヴァルマーラから歩くこと1時間以上、いくら何でも風景に飽きてきたころ、アルデッツとフタンの集落を結ぶ舗装道路が見えてタスナ谷の出口に到着する。舗装道路を避け、川から離れて山道を少々登って行くと、森が途切れて再び広大なイン川の谷が目の前にあらわれる。気分爽快なことこの上ない。小高い丘のような地形になった山の鼻を曲がると、すぐに廃虚となった小城址があり、そこを過ぎると眼下に小さな山城を持つアルデッツの村が見えて来る。あとは村まで牧草地の中の道を標高差200mばかり一気に下り、エンガディンふうにスグラフィットを施した家屋が連なる鄙びた村落を通り抜ければ、レーティシュ鉄道のアルデッツ駅だ。

(注)右岸・左岸:
源流を背にして、つまり川が流れ下る方に向かって右が右岸、左が左岸
      

追記:ピッツ・クリュナス

 ピッツ・クリュナス Piz Cluenas へ向かう道の分岐から山頂まではつづら折りの急登をぐいぐい登ってちょうど1時間くらい。この登山道の上部、雪崩防止用の柵の真下くらいからは、スイスでも今や珍しくなった、エーデルワイスの自然群落があちこちに目につくようになってくる。このエーデルワイスは意外に目立たない植物で、実は恥ずかしながら筆者も人に教えられるまで気がつかなかった(言い訳をすれば、まだ開花時期ではなかったので……もっとも、花が咲いていても気づかない人も結構いるらしい)。雪崩防止柵ゾーンを抜け切ると小さな廃屋があり、山頂が姿を見せる。そこから先は小さな瓦礫状の石が堆積した、かなり崩れやすい急斜面になるので、注意深く登って行こう。

 (筆者は廃屋の先で雪で断念、ここから先は聞き書き)

 山頂はかなり広く、展望最高。下りはもと来た道を戻っても良いが、どうせなので別ルートで下るのがおすすめ。山頂からは北に向かって尾根の上を少々進んだあと、眼下に見える美しい小湖、ミンシュン湖目指して急斜面を一気に下る。ミンシュン湖岸から道は緩やかな下りになり、アルプ・クリュナス〜アルプ・ラレット間のコースへ戻って来る。山頂からここまでの下山に要するのは45分程度。

冬は広大なスキーゲレンデになるモッタ・ナルンス。はじめはスキーリフトのケーブルに沿って登って行く。つらい登りはここだけなので、頑張ろう

      

アルプ・クリュナス近くから見たウンターエンガディンの山やま。このあたりからオーバーエンガディンにかけての山なみは、きれいに頭を切り揃えたように標高3200〜3400mの間に納まっている

かわいいアルプ・クリュナスの小屋の前でひと息いれるカップル。ここのベンチは見晴しがいい

       

この広大なカールにはいつ頃まで氷河があったのだろうか。写真中央の山の真下にあるミンシュン湖は氷河の置き土産。ピッツ・クリュナスに登る登山道からは、過去に氷河がどんどん後退していった様子が、のたくるようなモレーンの列として観察できる

     

タスナ谷の底まで下りて来た。この橋を渡ればアルプ・ヴァルマーラの小屋。ちなみに写真右奥に伸びる道はオーストリア国境の峠へ続いており、マウンテンバイクの行き来が盛んだった

    

アルプ・ヴァルマーラから先はしたたるような緑が目にまぶしい。ところでどういうわけか、ここの牛は筆者が知る限りではスイスで一番ワイルド。時期が悪かったのか、はたまたそういう気性なのか、至る所で雄叫びをあげて登山者、そしてなぜか羊に凄むのを見た(雄叫びをあげて正面から突進された時には、さすがの筆者もゾッとした。もっとも文字どおり凄んで見せただけで、すぐに脇にそれて行ってしまったが……)

    

タスナ川をまたぐ巨大なスノーブリッジ。こういう場所がいくつもあり、かなり遅い季節まで残ると言う。そばに近寄ってみることもできるが、絶対に上に乗ったり中に入り込んだりしないように!

     

廃虚となった城。通りかかりに覗いてみたら、近所のオジさんが中でトラクターの整備中だった

      

終点、アルデッツの村が見えて来た。眠るように静かな村落を通り抜け、駅へ向かおう
      
ピッツ・クリュナスへの道なかば。この付近はスイスでも珍しくなった野生のエーデルワイスが群生している
関連:
山ノボラーのための ロマンシュ語ミニ辞典

記録:2004年6月下旬