ミンジール谷からタラスプ ランク★★★
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ミンジール谷入口(標高1654m)〜アルプ・ミンジール(2100m)〜スール・イル・フォス乗越(2317m)〜アルプ・プラウナ(2076m)〜プラウナ谷〜タラスプ(1400m)
地図:スイス国土地理院地形図1:25,000 SCUOL (Blatt 1199)、S-CHARL (Blatt 1219)
コース概況:
 所要時間はミンジール谷入口からアルプ・ミンジールが1時間15分〜1時間半、アルプ・ミンジールからスール・イル・フォス乗越20分、スール・イル・フォス乗越からタラスプまで3時間。水場がないので水の用意を忘れずに。

 道の整備状況は非常に良いが、スール・イル・フォスからアルプ・プラウナの間にいくつか、足場の悪い崩壊地を横切る部分がある。また、コース前半のミンジール谷は国立公園圏内になるので、定められた規則の順守を心がけよう(基本的なことは下に記した)。

 意外に思われるかもしれないが、全スイスの中で国立の自然公園はウンターエンガディン地域南部に広がるこの一帯だけ。通常スイス・アルプスは標高3000m近くまで放牧の家畜が入るため、雪と氷に閉ざされない部分で全く手つかずの自然というのは皆無に近いのだが、この国立公園はスイスでは貴重な、太古の昔からの原生林や高山植生が残っており、野生動物や珍しい高山植物を心ゆくまで眺めることができる。

 入域には事前の申し込みは必要ないが、各登山口の入り口に掲示された規則は必ず守ること(おもな禁止事項:動植物の採集、ペットや家畜の連れ込み、決められたトレイル以外の歩行、域内での宿泊、たき火)

 なお、国立公園の表玄関にあたるツェルネッツの町には、日本の国立公園ビジターセンターにあたる「ナショナルパークハウス」があり、5月末から10月いっぱい開業している。

地域図はこちら

 シュクオルからシチャール S-charl 行き郵便バスで35分、ヴァル・ミンジール Val Minger(eはアクセント記号つき)で下車する。小さな発電所の取水施設らしき建物のそばにミンジール谷入口の看板があるので、そこから登山道に入って行こう。

 歩き始めはなんとなく日本の山を思わせる雰囲気の、針葉樹林の中のダラダラ登り。足下には至るところに矮化したシャクナゲの仲間(アルペンローゼともちょっと違う)が、繊細な葉とピンク色の花を見せている。10分ほど歩いたところで広い草地に出ると、今日歩くミンジール谷の様子を伺うことができる。

 道は再び森の中に入り、時々川を右に左に渡ったり、木々がまばらになった間から奇岩が見えたりと適当な変化を見せながら、徐々に標高を稼いでいく。時期が合えば、森の下草に混じって、至る所で大きなチャボリンドウが花をつけているのが見られるかもしれない。日当たりのよい高山の砂礫地にところどころ生えているイメージが強いチャボリンドウだが、こんな森の中で大群落が見られるというのはちょっとふしぎな気分だ。

 歩いて行くにつれ、針葉樹林の木々は徐々に低く疎らになっていく。やがて周囲を取り巻く風景が立ち木の樹林から、砂礫地と矮性化した針葉樹のパッチに変化していくと、今日のハイライトのひとつ、アルプ・ミンジール Alp Minger に到着する。ここは野生動物の観察の適地で、背後の砂礫地ではマーモットなど、谷向こうの山腹にはシカやカモシカなどの姿を多数見ることができる。できれば双眼鏡を持っていくとよいだろう(宿で貸してくれるところも多いので、尋ねてみよう)。

 ここ、ミンジール谷ばかりでなく、スイスアルプスの高所をハイキングしていると、しばしば「ピーフッ、ピーフッ」という甲高い笛のような動物の声を聞くことがある。これがマーモットの声で、外敵を見つけたときに仲間に注意を促す警戒音なのだそうだ。この声が間近に聞こえたら、そちらの方角に注目すると、全速で逃げながらも時々立ち止まって「ピーフッ、ピーフッ」と叫び、再び一目散に走ってどこかへ消えていくマーモットの姿が見られるに違いない。ちなみにマーモットにとって人間は天敵のひとつだが、ここアルプ・ミンジールのマーモットは保護を受けているせいか、人間にもそれほど動じず、割合近くまで寄って見ることができる。

 アルプ・ミンジールで一息入れたら再び歩き出そう。丈の低い針葉樹の疎林を通り抜け、少々滑りやすい砂地の道を登って行くと、まもなく今日の最高地点、スール・イル・フォス乗越 Sur il Foss に到着(ロマンシュ語でSur 〜は〜の向こう、〜越え、の意)。大きな動物の背中のようななだらかな鞍部だが、ミンジール谷とこれから歩くプラウナ谷の温度差の関係で、ここを境にしばしば強烈な突風が吹き荒れる。突然の強風に持ち物を飛ばされたり、転んだりしないよう注意したい。峠から少し行くと分岐点が現れる。これから向かうタラスプ Tarasp という文字を確認し、谷に向かって急角度で下っていく右の道を選ぼう。

 目の前には今までのミンジール谷とは打って変わった雰囲気の、岩と雪の世界が広がっている。向かいの山々の小氷河を眺めながら、急な道を下っていこう。細かい砂礫に覆われた滑りやすい道で、また、途中何度か崩壊地や雪崩道を横切るところがある。道が崩れ落ちて不明瞭になっている部分の通過は、特に慎重にしたい。なお、このあたりの砂礫地では大変珍しいヒナゲシの仲間、レーティシェ・モーンを見ることができる。
(Raetische Mohn、学名 Papaver aurantiacum
他地域では見られないものなので、ぜひとも見逃さないようにしたい。

   
 急な下りは30分程度で終わり、なだらかな草地、アルプ・プラウナ Alp Plavna(Plavnaはロマンシュ語で「広い」という意)に到着。ここは国立公園圏外で、一軒家の小屋は放牧小屋。ハイカー向けの営業はしていないが、ひと息入れるのにちょうどいい場所だ。

 アルプ・プラウナを後に、あとはタラスプまでひたすら長い下り道。最初は広大なプラウナ川の河原を、いくつもの細流に分かれた川を何度か横切りながら進んでいこう。この河原、一見石ころだらけの単調かつ平凡な河原にしか見えないが、じつはここも本日のみどころだ。周囲をよく見渡すとレーティシェ・モーンをはじめ、オキナグサに似たアネモネの仲間、チングルマの仲間など多彩な植物が大群落を作っている。いずれも丈が低いのであまり目立たず注意が必要だが、高山植物好きの人なら、気がついた瞬間から「カメラ、カメラ!」で大変なことだろう。

 川に沿って下っていくと、次第に谷の幅が狭まり、1時間足らずで再び深い樹林の中に入っていく。あとはひたすら歩き、やがて"Tarasp"の標識通りに川を左岸から右岸に渡る橋を越え、しばらく行くと、本日の最終目的地・タラスプの集落と城が見えてくる。このタラスプ城ではしばしば夕方からコンサートなどのイベントも開かれており、興味があれば城を見物してもよいだろう。あとはフォンタナ Tarasp Fontana のバス停からシュクオルに出られる。

ミンジール谷の入り口。いかにも南スイスらしい、からっとした針葉樹林の中へ出発。

       

森の中に咲くクレマチス(テッセン)の一種。大ぶりで良く目立つ。花の付け根をたどって行くと、つるが数メートルに渡って伸び、その先に沢山の花が

       

アルプ・ミンジール。動物観察の名所らしく、実は周囲は人がいっぱいで、写真に写り込まないようにするのに結構苦労する。もっとも、みんな騒いだりせず、静か。
遠くに見える鞍部は
スール・イル・フォス

       

スール・イル・フォスを越えてプラウナ谷に入る。プラウナ谷の源頭部にはいくつか氷河もあり、比較的雪の少ない他の谷との温度差からか、常に強い風が吹き抜ける

     

アルプ・プラウナへの下りで見られるみごとな階段状構造土。草付きの部分と砂礫がちの部分では見られる花がかなり違う

    

プラウナ川の広大な河原を行く。ざっと遠くから見た感じは石と堆砂が延々広がるだけだが、実は貴重な植物の宝庫

    

終点、タラスプの村
関連:
山ノボラーのための ロマンシュ語ミニ辞典

記録:2004年6月下旬