シュクオルからシチャール S-charl 行き郵便バスで35分、ヴァル・ミンジール Val Minger(eはアクセント記号つき)で下車する。小さな発電所の取水施設らしき建物のそばにミンジール谷入口の看板があるので、そこから登山道に入って行こう。
歩き始めはなんとなく日本の山を思わせる雰囲気の、針葉樹林の中のダラダラ登り。足下には至るところに矮化したシャクナゲの仲間(アルペンローゼともちょっと違う)が、繊細な葉とピンク色の花を見せている。10分ほど歩いたところで広い草地に出ると、今日歩くミンジール谷の様子を伺うことができる。
道は再び森の中に入り、時々川を右に左に渡ったり、木々がまばらになった間から奇岩が見えたりと適当な変化を見せながら、徐々に標高を稼いでいく。時期が合えば、森の下草に混じって、至る所で大きなチャボリンドウが花をつけているのが見られるかもしれない。日当たりのよい高山の砂礫地にところどころ生えているイメージが強いチャボリンドウだが、こんな森の中で大群落が見られるというのはちょっとふしぎな気分だ。
歩いて行くにつれ、針葉樹林の木々は徐々に低く疎らになっていく。やがて周囲を取り巻く風景が立ち木の樹林から、砂礫地と矮性化した針葉樹のパッチに変化していくと、今日のハイライトのひとつ、アルプ・ミンジール Alp Minger に到着する。ここは野生動物の観察の適地で、背後の砂礫地ではマーモットなど、谷向こうの山腹にはシカやカモシカなどの姿を多数見ることができる。できれば双眼鏡を持っていくとよいだろう(宿で貸してくれるところも多いので、尋ねてみよう)。
ここ、ミンジール谷ばかりでなく、スイスアルプスの高所をハイキングしていると、しばしば「ピーフッ、ピーフッ」という甲高い笛のような動物の声を聞くことがある。これがマーモットの声で、外敵を見つけたときに仲間に注意を促す警戒音なのだそうだ。この声が間近に聞こえたら、そちらの方角に注目すると、全速で逃げながらも時々立ち止まって「ピーフッ、ピーフッ」と叫び、再び一目散に走ってどこかへ消えていくマーモットの姿が見られるに違いない。ちなみにマーモットにとって人間は天敵のひとつだが、ここアルプ・ミンジールのマーモットは保護を受けているせいか、人間にもそれほど動じず、割合近くまで寄って見ることができる。
アルプ・ミンジールで一息入れたら再び歩き出そう。丈の低い針葉樹の疎林を通り抜け、少々滑りやすい砂地の道を登って行くと、まもなく今日の最高地点、スール・イル・フォス乗越 Sur il Foss に到着(ロマンシュ語でSur 〜は〜の向こう、〜越え、の意)。大きな動物の背中のようななだらかな鞍部だが、ミンジール谷とこれから歩くプラウナ谷の温度差の関係で、ここを境にしばしば強烈な突風が吹き荒れる。突然の強風に持ち物を飛ばされたり、転んだりしないよう注意したい。峠から少し行くと分岐点が現れる。これから向かうタラスプ Tarasp という文字を確認し、谷に向かって急角度で下っていく右の道を選ぼう。
目の前には今までのミンジール谷とは打って変わった雰囲気の、岩と雪の世界が広がっている。向かいの山々の小氷河を眺めながら、急な道を下っていこう。細かい砂礫に覆われた滑りやすい道で、また、途中何度か崩壊地や雪崩道を横切るところがある。道が崩れ落ちて不明瞭になっている部分の通過は、特に慎重にしたい。なお、このあたりの砂礫地では大変珍しいヒナゲシの仲間、レーティシェ・モーンを見ることができる。
(Raetische Mohn、学名 Papaver aurantiacum)
他地域では見られないものなので、ぜひとも見逃さないようにしたい。
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