モッタ・ナルンスからフナー ランク★★★
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モッタ・ナルンス(2142m)〜チャンパッチュ峠(2730m)〜プラ・サン・フルーリン(2081m)〜ツオルト(1711m)〜フナー(1602m)
地図:スイス国土地理院地形図1:25,000 SCUOL (Blatt 1199)、SAMNAUN (Blatt 1179)
コースが長いので、特別の目的がなければ50,000:1の方が扱いやすい
コース概況:
 所要時間はモッタ・ナルンスからチャンパッチュ峠が2時間〜2時間30分、チャンパッチュ峠からプラ・サン・フルーリン1時間〜1時間30分、アルプ・プラ・サン・フルーリンからツオルトまで1時間、ツオルトからフナー1時間15分〜1時間30分。

 かなりのロングコースだが、1日でいろいろな風景を堪能できる欲張りコース。のどかなアルプのハイキングで始まり、雪と岩のチャンパッチュ峠越え、そこからの長い下りは、夏なら他所ではなかなかお目にできない珍しい品種の高山植物も見られる。秋はもちろん、素晴らしい紅葉(黄葉)のパノラマ。終点フナーは、伝統的な様式で立てられた民家が連なるほのぼのとした雰囲気の集落だ。

 このコースは完全に健脚な人向け。エスケープルートやショートカットはない。全行程とも特別危険な箇所はないが、チャンパッチュ峠から先の北側斜面は雪が消えにくいので、事前にコースの状況を尋ねてトライするようおすすめする。現場はガレの急斜面で、残雪が多い時期に慣れない人が歩くのは危険だ。また、道迷いの心配はないものの、モッタ・ナルンス〜チャンパッチュ峠間と、チャンパッチュ峠からの下り始めに、道が交錯したり消えかかったりしてルートがわかりにくい所もある。前者は特に、大きなタイムロスにつながるので要注意。このコースを歩く時は必ず地図を持つようにしよう。

 このページでは終点をフナーとしているが、シネストラ鉱泉のホテルを終点にしても良い。その場合はツオルトから先でコースが分岐する。シネストラ鉱泉はちょっとのぞいて見ても良さそうな、クラシカルな温泉療養ホテル(公式ホームページ)。ここから出るバスの本数は非常に少ないので、事前に宿泊先に相談して送迎を頼むか、タクシーを使うと良いかもしれない。また、フナーから出るバスもそれほど多くないので、予め時間を確かめておこう。

地域図はこちら

 シュクオルの裏山・冬は広大なスキーゲレンデになるモッタ・ナルンス Motta Naluns へは、レーティシュ鉄道シュクオル-タラスプ駅のそばから出ているゴンドラで向かう。レストランなどの入っているゴンドラの終点の建物を出たら、目の前の標識でチャンパッチュ峠 Fuorcla Champatsch への道を示す「Fcla. Champatsch, Zuort, Sinestra」の地名を確認して歩き出そう。
(注:Fcla.はFuorclaの略)

 最初は、広々とした緩斜面の草原に伸びる快適な道がつづく。途中、特に標識もない分岐が左右に頻繁に現れるが、気をつけないとシュクオルへ下りてしまったり、あるいはアルプ・クリュナス方面への道に入ったりするので注意が必要。長いコースなので、タイムロスはできるだけ避けたい。地図で確認しながら、チャンパッチュ峠へ続く道を正確にたどろう。

 しばらく行くと車両の通行できる幅の道が尽き、いよいよ細いトレイルに入る。左手のピッツ・ミンシュン Piz Minschun(3068m)から裾を引く斜面がしだいに急になり、いくつかの細い沢を横切ると、道は浅いカール底に入る。この辺りは、複雑に堆積したモレーンの列と侵食された浅い谷地形のせいで案外見通しが効かず、更に人や家畜の踏み跡がごちゃごちゃ交錯していて道が少々わかりにくい。いささか無粋な目標物だが、行き先にスキーリフトの管理小屋(?)と、そこにつながる電線と電柱があるので、それを目印に歩くと良い。


 小屋の先で、道は不明瞭に分岐する。2005年秋の時点で何の標識も立っていなかったが、ここは重要な分岐点なので要注意。はっきりした道(右へ向かう)と、不明瞭な踏み跡(左)があり、無意識下だと必ず右に入ってしまう。そちらはチャンパッチュ峠への道と途中まで並行するものの、最終的には行き止まりになってしまい、間違えたときの時間的ダメージが大きい。必ず左の踏み跡を見つけて入るようにしよう。

 ここから先は、細い沢沿いにガレ場の中に向かって伸びる登山道を登っていく。このあたりは氷河が作った地形に特有の、浅くて広い谷になっているが、左手のピッツ・ナイル Piz Nail から下りてくる斜面と、右手のピッツ・チャンパッチュ Piz Champatschの斜面を構成する岩の色の明瞭な違いが面白い。聞くところによるとピッツ・ナイル側の赤い岩は「ヨーロッパを構成するプレートに乗り上げたアフリカ大陸のかけら」で、スイスではこのエンガディン地域と、いきなり離れてヴァリス州、マッターホルンのお隣のダン・ブランシュ山頂付近に露出するそうだ。

 単調な登りを辛抱すると、エンヤコラという感じでチャンパッチュ峠の鞍部へ出る。登りきった瞬間に、今まで全く目にすることのできなかったサムナウン Samnaun 方面の山々やオーストリアの山々がずらりと勢ぞろいし、周囲の風景が一変する。これがまさしく峠越えトレッキングの醍醐味だ。

 ここから先は、登りよりきつい今日のハイライト、シネストラ谷への下りがはじまる。最初は少々急なガレた斜面の下り。この場所は北に向いているカール地形で、夏は最後まで雪が残り、秋は最初に雪がつくというような場所で、安心して通れる時期はおおむね7月中旬〜10月はじめまで。荒々しいガレの上に数十センチ程度積もった雪には意外な危険が潜む。そのような場所を自分でコース選択しながら歩いた経験のない人は、雪のない時期を選んでこのコースを歩こう。

 急斜面の部分はそれほど長く続かず、左手に見えていた小池が見えなくなると、道はやがてのんびりした緩斜面の下りになる。ガレ、砂礫、草付きが交互に出てくる中を通る道は時折不明瞭になり、この辺もちょっとわかりにくい所だ。道だと思って歩いていくと、突然すっぱり切れ落ちた小崖の上に出たりする。地形図で「・2511」と標高の打ってあるポイントが、小さな古墳くらいの真ん丸い小山になっていて目印になるので、そのすぐ左手を抜けるように……と意識しながら歩くといいだろう。「・2511」の小山のそばからは小さな沢が発していて、ここから先はしばらくその沢に沿って道が続く。

 モッタ・ナルンスからこれまでずっと、丈の低い草と岩、雪だけの世界だったが、やがて行く手に針葉樹の姿がぼちぼち見えだすと、広い谷底に広がる明るい草原、プラ・サン・フルーリン (Alp) Pra S.Frulin に到着。ちょっとした放牧拠点らしく、小屋というにはかなり大きな建物が建っている。

 プラ・サン・フルーリンで放牧用車輌のために踏み固められた広い砂利道に合流する。ここから先は、まったく緊張感不要の牧草地と森のハイキングコースで、シネストラあたりに車を置いて歩いてくるハイカー、それに北のフィンバー峠 Fimberpass を越えてオーストリア方面と行き来するマウンテンバイクの姿も加わり、周囲はにぎやかになる。

 一気に温暖な雰囲気になった風景を楽しみながら、斜面をゆったり巻く道を下っていくと、針葉樹林に入る。まもなく分岐が現れるので、標識で「Zuort」を確認し、砂利道を離れて右の小道を取ろう。小道はやがてちょっとした急坂になるので、木の根に注意しながら下っていくと、広い尾根の末端に乗っかったツオルト Zuort の小集落にぴょこんと飛び出す。ここには干し肉やワイン、自家製のデザートなどが楽しめるちょっとした山小屋カフェがある。ゴールも視野に入ったところで、一休みして行くと良いだろう。

 ここで道はフナー Vna 方面とシネストラ Sinestra 方面へ分岐する。筆者は地元の人たちが「一度のぞいておくと良い、可愛い集落」と勧めるフナーを終点にしたが、どちらを終点にするかはお読みの皆さんの自由。どちらに行くにもツオルトから先は林道、森の中のハイキングコースなど、複数のルートがあり、この項では特に説明はしない。

 フナーからは郵便バスでイン川沿いの国道に出て、そこでシュクオル、あるいはマルティーナ/ランデック(オーストリア)方面へのバスに乗り換えられる。シネストラ鉱泉からは、本数は少ないものの、シュクオルへ直通するバスがある。

このコースに関連するロマンシュ語
aua 水=沢、小川
bocca
bos-cha 木、林
champatsch 耕された土地
(参考:この名がつく場所は縞状土や谷地坊主の見られる草原であることが多い)
fuorcula 鞍部、乗越、=峠
god, guaud
lavin 雪崩
laviner 雪崩道
motta, mot, muot 丘、小高い山
plan 平坦地
pra, prada 牧草地、草地
vadret 氷河
val
モッタ・ナルンスへ向かうゴンドラからエンガディンの谷を見下ろす。遠くにタラスプ城の姿が

       

夏だったらこのあたりは緑の草原とお花畑になる。
少々わかりにくいかもしれないが、画面奥の鞍部が本日の行程の最高地点・チャンパッチュ峠(2730m)。距離があるように見えても、標高差があまりないため案外楽に到達できる。

       

小屋を過ぎると、目障りだったスキー関連の施設もなくなり、いよいよ山らしくなってくる。足下の赤い礫は「アフリカのかけら」。

     

峠を越えると、今度は全く違った風景が目の前に展開する。時期によってはここから先、急に雪が深くなるので要注意。右奥の白いピラミッドはムットラー(3293m)。

     

太陽の角度が低くなる秋は、山ひだにくっきりと陰影が刻まれ、独特の風情。

     

プラ・サン・フルーリンに到着。ここは一種の交通の要衝で、大きな家畜小屋を見ると、夏はかなり賑やかなのではないかと思われる。

    

プラ・サン・フルーリンからは気楽なハイキングコース。夏は花、秋は色づく落葉松をながめながら歩こう。

    

ゴール前にツオルトの山小屋カフェでちょっと寄り道。野生ベリーを混ぜ込んだアイスは自家製とのこと。

    

終点・フナーの集落が見えてきた。

    

可愛らしいフナーの村。最近は風景カレンダーやポスターなどで良く取り上げられているようだ。
関連:
山ノボラーのための ロマンシュ語ミニ辞典

記録:2005年10月中旬