アンデール村の中心であるポスト(郵便局)前に着いたら、メインストリート上をちょっとキョロキョロすれば地図つきの村内案内図のある分かれ道が見える。その道を入ってしばらく行くと、5分ほどでヒンターライン川にかかる小さな屋根つき木造橋に出る。1856年建造のこの橋を渡ると登り坂のはじまり。このあたりは自然探求路 Naturweg や、生活道路が入り組んでいるので、途中いくつか分かれ道があるが、自分の気に入った道を行けばよい。その際、道案内標識の Cagliatscha という地名を目じるしにしよう。人に尋ねるときは「ブルクルイネ」(砦跡)と言ったほうがわかりやすいようだ。
ところで、この地域はいかにものんびりした田舎らしく、出会った人たちは必ず何かしら声をかけてくれる。時には牧草トラクターを運転している老人に「途中まで乗ってけ」と言われることも。この人懐こさは、スイス在住日本人の知人によれば「いつも村の同じ顔ばっかり見ているから、ヨソの人と話がしたい」というのと「見知らぬ人間は、とりあえず話しかけてみて怪しい人物かどうか見極める」のと、両方の気持ちがあるらしい。
Cagliatscha を目印に歩いていると、どのルートを通ってもいずれは舗装道路の歩きになる。あまり見晴らしのよくないアスファルト道のダラダラ登りに飽きてきたころ、特徴的なヘアピンカーブに出くわすだろう。そこの先端から砦跡につづく細道が枝分かれしているので、入っていくと5分ほどで平らに整地された広場に出、その先に小さな砦の廃虚がある。砦からの谷の眺めは非常によいが、先端部に行くには高所恐怖症の人がちょっとしり込みするような場所も。
砦のすぐ下に見えるのがクルーギン(クルーインフ村だ。標識Kの村だ。標識 Clugin に従って細道を下ると、15分ほどで到着する。20〜30軒ほどの小村だが、村はずれの礼拝堂は12世紀に建立された由緒あるだそうで、内部のフレスコ画もちょっと見る価値あり。
次はドナートの村に向かう。舗装路と自然路の両方あるので、好きな道を選んで Donath の標識を目印に行けばよい。どちらを行っても周囲は明るい牧草地で、色とりどりの花がきれいだ(夏はかなり暑い)。やがて樹林帯に入り、道は1本の舗装道路に収束する。
道が大きく左にカーブすると、森の木々の間から、上の方にドラマチックな断崖の古城が見えるようになる。そこはカスティ Casti という集落で、興味が湧いたなら次の目的地ドナートからバスに乗って訪れてみるとよい(もちろん歩いても行ける)。古城が見えだすと間もなく、道はやや大きな橋にぶつかるが、ここで橋を渡らずに右に曲がり、牧草地の道をドナート村に向かうとよい。
ドナートは先ほどのクルーギンの村よりかなり大きく、古い昔ながらの家々とともに、賃貸のヴィラや民宿が結構な数ある。ここはツィリス〜ヴェルゲンシュタイン間の郵便バスが通るので、歩き疲れた人はここでリタイアしてもよい。また、先ほどのカスティや、ヴェルゲンシュタイン方面に足を伸ばすのも一興だ。
ドナートからツィリスへは、明るい畑や牧草地の中を行く。15分〜20分ほどでアウトバーンとの立体交差をくぐり、そこから更に数分、ヒンターライン川にかかる橋を渡るとツィリスの村に入る。
ツィリス村は現地名ツィラン。アンデールの半分程度の規模の村で、新しい家の間に伝統的な建築様式の農家がちらほら混じり、結構趣がある。中でも12世紀に建造された重厚なサンクト・マルティン教会はいつも見学者が絶えず、地元の名所である。また、「シャムス谷博物館」Das Schamser Talmuseum では、この地域の歴史と生活の移り変わりを知ることができる。日本人にとってちょっと興味深いのは、ここで見られる民具のあれこれが、日本の雪深い山岳地域のものと非常によく似ていること。やはり環境が生活を決定するのだなあ、と感心させられる。ところで、ここで筆者は興味深い老紳士と出会った。そのときのエピソードはこちら。
普通のウォーキング愛好家の方なら、ここでコースを終了すればよいだろう。郵便局前からだいたい1時間に1本あるバスで次の目的地に向かうとよい。
さて、山靴を履いた歩き足りないあなたのために、この続きを。ツィリス村の真ん中を通り抜ける国道を山側に渡り、Reischen(ライシェン村)の標識を追って樹林の中の舗装道路を歩く。村を通り過ぎたら、今度は Viamala の標識を追って歩けばよい。
歩いているうちに風景の両側に断崖が迫り、広々した谷が急激に狭まってくる。道は舗装道路からオフロードに変わり、下り坂に。やがてアウトバーンとぶつかるのでその下をくぐり(歩行者用の道がみつけにくいので注意)、しばらく川沿いを行くとラニア Lania のキャンプ場。ここにもバス停があるが本数は少ない。
車道に出てヒンターライン川の橋を渡るとすぐ、川側に歩行者用の道が分岐する。ここから先はむやみに細かいアップダウンがあり、崩壊地を横切ったり木の根をよじ登ったりするような場所も。苦労が多い割には報われない、といった感じのさえない山道を小1時間ほど行くと、再び国道に出る。崖の中腹のシェルター道を、車にヒヤヒヤしながら歩いて観光名所ヴィアマーラに到着。
左右両岸を切り立った絶壁に挟まれたここでは、ヒンターライン川は青黒い滔々たる流れとなって、岩壁をトンネル状にうがちながら駆け下る。白く泡立つような「激流」ではないので、一見たいしたことない水量に見えるが、階段を降りて(入場料が必要)水面に近寄ると、湧き上がるように動く水の体積と速度に圧倒される。ちなみにこの谷はローマ時代からアルプス越えの重要な街道だったが、ここは往時の難所のひとつだったそうだ。
観光客でにぎわうヴィアマーラにはちょっとした売店があり、トイレも完備。バスで次の目的地に向かおう。
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