目次へ ホームへ
▲前のページへ ▼次のページへ
シチャールからミュスタイア谷 ランク★★
シチャール(1810m)〜アルプ・アストラス(2135m)〜コスタイナス峠(2251m)〜アルプ・チャンパッチュ(2081m)〜リュ(1920m)
地図:スイス国土地理院地形図1:25,000 S-CHARL (Blatt 1219)、STA MARIA (Blatt 1239)
コース概況:
 所要時間の目安はシチャールからアルプ・アストラスが1.5時間、アルプ・アストラスからコスタイナス峠を経てアルプ・チャンパッチュが1.5時間、アルプ・チャンパッチュ〜リュが30分くらい。

 体力を使わずに「峠越え」のだいご味が楽しめ、花も豊富な人気コース。シュクオル近辺に2〜3泊するならば、まずこのコースのハイキングをお勧めしたい。

 前半はほとんど登りを感じないようななだらかな登り道のハイキング。特にシチャールからアルプ・アストラスまでは、放牧用の車両のために道が良くならされており、足に自信のない人、しっかりした靴の用意のない人はこの区間の往復だけでも充分楽しめるだろう。コース後半はアルプ・チャンパッチュの手前に滑りやすい急な下りがあるが、距離が短いので、注意深く越えれば問題はない。

地域図はこちら
   
 シュクオルからシチャール S-charl 行きの郵便バスで約40分、終点で下車する。シチャールは谷あいの小平坦地に開けた明るく可愛らしい村で、周辺の登山・ハイキングのちょっとした中心地になっている。バスは村の広場に着くので、Lue(ueはuのウムラウト)と書かれた標識を探し、それに従って村を後にしよう。

 集落の家並みが尽きると、水量豊かな美しい小川を右に見ながらの楽しいハイキングが始まる。道は細かい砂利や砂で突き固められ、午前中なら明るい針葉樹の森がところどころに涼しい陰を落として非常に歩きやすい。川の上流に向かって緩やかな坂をどんどん登って行くと、徐々に谷の幅が広がっていき、周辺の風景は「谷底の森」から「明るい草原」に変貌して行く。

 30〜40分ほどでタマングール森 God Tamangur に向かう道との分岐に到着。このまま今まで来た道をまっすぐ進んでもいいし、ちょっと変化を楽しみたいという人は森に向かってもいい。タマングール経由の道は標高差100mほど登るため多少時間を食うが、困難は全くなく、どちらの道も最終的にアルプ・アストラス Alp Astras の手前で再び合流する。この項ではタマングールを経由せず、平坦な道を行こう。

 分岐からすぐに小さい橋で小川の対岸に渡り、相変わらず快調に進む。今まで道の左右に遠くなったり近くなったりしていた針葉樹林がほぼ尽きると、周囲は素晴らしい草原とお花畑に変貌する。このあたりはその昔氷河によって形づくられたU字谷の典型のような地形だが、数万年前は巨大な氷床が山塊全体をどっかり覆っていたのだろうか、周辺のピークもすっかり削り取られた感じで、とにかく広くて明るい。なんとなくスイス・アルプスというよりは、北欧の高地を歩いているような錯覚をおぼえる。

 道の周囲に放牧用の柵がちらほら登場、草を喰む牛の群れとともに、道の行く手に小さな小屋が見え出すと、そこがアルプ・アストラス。ハイカー用にテーブルやベンチも用意され、ちょっとした休憩ができる。ここでタマングール森を経由してきた道と合流、また、今日これから向かうリュへ向かう道のほか、オーフェン峠 Ofenpass へ向かう道 注1 が分岐する。標識をよく確かめ、リュに向かって歩き出そう。

 車両が入れるような広くて平坦な道はアルプ・アストラスで終わるが、相変わらず道は悪くない。むしろ足元に取っ掛かりが出来て楽なくらいだ。周囲は時折コケモモや矮化した針葉樹のパッチが混じる草原。冬期に激しい寒気にさらされるような土地で、水分の多い土壌によく現れる「谷地坊主」もいたる所に見られる。この「谷地坊主」の頭には、しばしば珍しい花が見られるので、よく観察してみると面白いだろう。

 シチャールからずっと一緒だった小川は相変わらずコース左手を寄ったり離れたりしながらゆったりと流れているが、いよいよ源流近く、すっかり水量も減り、やがて次第にハイキングコースから離れて行く。間もなくコース最高地点、コスタイナス峠 Pass da Costainas に到着。

 コスタイナス峠はもし標識がなかったら、どこが最高点だかわからないような非常に曖昧な峠だ。鯨の背のような広い鞍部に、高さ10mほどの氷河の削り残した岩やらモレーンの小山やらが点在して迷路のような地形を形づくっており、ガスが濃い時はちょっと厄介かもしれない。道はこの峠でまたいくつかの方向に分岐するが、気をつけなければいけないのは、リュへ向かう道が2方向あるということ。ここでは「Lue 1・1/4 h」と書かれているほうのコースをとる。

 ここから道は緩やかに下りはじめる。一応コスタイナス峠はドナウ川水系とポー川水系を分ける大分水嶺なのだが、なんとなくさっきと変わり映えしない眺めで……と思うかもしれない。ところがそれも束の間、突然足元が一気に切れ落ち、真下に黒々とした森に覆われたミュスタイア谷が姿を現して風景は一変する。道は転がり落ちるような下り坂になり、その上滑りやすい砂礫に覆われているので、このあたりでは注意が必要だ。もっとも慎重を要する区間はあまり長くなく、すぐに快調な下り道になる。

 峠から30分足らずの後、森の中でハイキングコースは車両通行可能な広い砂利道に突き当たる。ここを右に行けばすぐにアルプ・チャンパッチュ Alp Champatsch の小屋。登山シーズン中はレストランが開業しており、明るいテラスで自家製ソーセージなどのしっかりした食事ができる。また、左に行けば30分ほどでコース終点、リュに到着する。花の咲き乱れる牧草地に囲まれた美しいリュの集落からは、郵便バスでフルデラ Fuldera に出、そこでオーフェン峠街道の郵便バスに乗り換えてミュスタイア 注2 、またはツェルネッツ方面に出られる。


注1:筆者は未経験だが、オーフェン峠へ向かう道にはいくつかバリエーションがあり、いずれも平易な上にすてきな風景だそうで、そちらに向かうハイカーも多い。特に高山植物が豊富だそうだ。コース終点からはオーフェン峠街道の郵便バスで町へ。

注2:歩き慣れた人だったらこのコースは3時間程度で充分歩け、体力の消耗も少ない。余った時間でミュスタイアに出て、ユネスコの世界文化遺産に登録されている聖ヨハネ修道院を見学すれば充実の1日になるだろう。

歩き始めは写真のような森と草地の入りまじる明るい道。シチャ−ルの周辺は人気のある登山・ハイキング地帯とあって人も多いが、これから分岐ごとに思い思いのコースに向かって散って行く

     

しだいに周囲は広大な草原にかわり、やがて森は一時的に姿を消す。広大な氷食谷はリンドウの仲間やスミレの仲間、日本で言うハクサンチドリの仲間など、高山植物の宝庫

    

コスタイナス峠手前から、来た道を振り返る。写真手前、草地の中の白っぽいデコボコが「谷地坊主」。大量の水分を含む土壌が、冬季の凍結〜夏の溶解を繰り返しているうち、次第にこんな形を作り上げてしまう。日本だったら大雪山あたりでよく見られる

     

お花畑にも飽きたころ、突然目の前にミュスタイア谷への入り口が開けて来る。写真右の小さな小屋はアルプ・チャンパッチュの小屋

    

アルプ・チャンパッチュの小屋のレストランで一息入れよう。テラスでアコーディオンを弾くオジさんはこの下の村の住人で、天気の良い日などに依頼を受け、音楽の出前にやって来る。
「毎日こんな生活ができたら嬉しいんだけどネ」
小屋のお嬢さんからビールを注いでもらってご満悦

    

アルプ・チャンパッチュの小屋からリュまでは再び花のプロムナード。集落はもうすぐだ

     

関連:
山ノボラーのための ロマンシュ語ミニ辞典

記録:2004年7月上旬