……スイスでM嬢のような体験をし、パニックに陥った人は相当数いるのではないだろうか。
牛がたくさんいれば当然ハエもいる、というわけで、スイスでは牧場のようなところはもちろんのこと、街中なども至るところでハエが堂々と幅をきかせている。食事中はもちろん、深夜、就寝中なんかにもヤツは大きな羽音をたてて部屋を飛び回り、本当にうっとうしくてかなわない。それなのに、慣れなのか?一体なんなのか??スイス人はハエの存在を全く気にしていないように見える。
確かに日本でもハエがぶんぶん飛び交うような時代はあったが、少なくとも筆者が知る範囲では、人々はハエに対してもう少しは神経質だったように思う(ちなみに筆者は牛のいた農村育ちである)。頭の上にハイとり紙が獲物付きでブラ下がってはいても、ハエが直接食品にたかるのは汚いこととされた。ましてや食べ物商売の店なんかで売り物にハエがたかっていようものなら、その店には次第に人が寄りつかなくなる。
ところが21世紀スイスの大都会・チューリヒでは、全国チェーンの有名デリカテッセンのガラスケースの中にすら、ハエがおすまいになっているのである。
「すみません、それハエがたかっていたんですけど」
「は?」
「そのトリモモはハエがたかっていたので他のに替えて下さい」
「なんで?」
スイス人はハエを不潔とは思わないのだろうか?これがもし東京だったら苦情殺到どころか、雑誌のネタくらいには充分なるところだ。
こんなことが重なったため、ある時思いあまって、チーズ屋の店先でヒマそうにしていたおばさんにそのへんを尋ねてみた。ハエは汚いとは思いませんか、気になりませんか?
「そうねえ。これだけ動物がいるんだからハエもいるに決まってるわヨ。いちいち気にしていたらやってられないわね。それに、製造のほうではさすがにハエは入れないから大丈夫よ。そうそう、最近、有機(ビオ BI0)の農業が盛んになったら、とたんにまたハエが増えはじめたのよ。薬とかやたらに使えませんからね」
そういえば、確かに最近は以前よりもハエが増えたような気がしていたのだが、どうもそれは気のせいではなかったらしい。有機農業か、なるほど。
ここで筆者の頭の中に新たな謎が生まれた。日本、たとえば筆者の住む地域でも、やはり最近有機農業が盛んになっているはずなのだが、ハエが増えたという話は特に聞かない。……そういえばそういえば、スイスの野菜にはしばしば根元などに虫がついているので、洗う時にはいつも細心の注意を払う。ところが、日本では自然食品店の菜ッ葉ですら、ヨトー虫やナメクジさんがついているのは見た事がない。
う〜〜〜む。
スイスのハエに関する疑問は、新たなる疑問へと方向を変えつつあった。
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