ポントレジナからレーティシュ鉄道ベルニナ線の列車で約30分、オスピツィオ・ベルニナ Ospizio Bernina 駅で下車する。風光明眉なこの駅はヨーロッパの普通輸送用鉄道の中で一番標高が高い場所にあるそうだ。列車が着いたばかりのホームはオーバーエンガディン観光の目玉のひとつ、ラーゴ・ビアンコ Lago Bianco からアルプ・グリュム Alp Gruem 間のハイキングに出発する人たちで賑わっているが、彼らとは違う道を行くので、つられて同じ方向に行かないように注意しよう。
駅ホームのポントレジナ側の端から砂利敷きの坂道を登っていくと、すぐに立派な舗装道路に突き当たり、道路の両側にはドライブインまで建っている。ここが道路のほうのベルニナ峠の頂上で、夏であればアルプスを越えてイタリアへ向かうドイツ車や峠越えを楽しむオートバイなどで賑わっているだろう。
舗装道路を渡り、標識でミノール峠 Fuorcula Minor を見つけたら、それに従って登山道に入る。緩やかに登っていけば、ドライブインの脇の小湖ではしゃぐ観光客たちの嬌声もすぐに耳に届かなくなり、周囲は一面のお花畑。背後のラーゴ・ビアンコとベルニナの山々、山腹の蒼白い氷河が素晴らしく、まさしくスイス・アルプスといった風景だ(ただし最初の15分間ほどは送電線が視界を大々的に横切るのが玉にキズ)。
道は時々じくじく湿った部分を通ったりもするが、特に歩きにくいような箇所や急登もなく、歩きはじめから30分かかるか、かからないかという程度で小池の点在する浅いカールの底に到着する。相変わらず花も豊富で、ちょっと気が早いが小休止するのにいい感じの場所だ。ただしこのカール底から、道は池や湿地、小川を避けるように、いくつもに枝別れして縦横無尽に広がってしまうことに注意したい。ここで道を間違えるとピッツ・ラガルプの頂上など全く別の方向に向かってしまうので、出発の時にはよく辺りを見回して黄色い標識を見つけ、Fuorcula Minorと書いてある方向に進もう。岩のペンキ印にも注目。
標識から少し登り、小さな尾根のハナを曲がってカールと別れると周囲の風景は一変する。氷河を抱いたベルニナ山塊とみずみずしいお花畑に別れを告げ、周囲は乾いたガレ場と草付きの急斜面、それに今まで見えなかったポスキアーヴォ川源流部の深い谷が見渡せるようになる。この長大な谷にはイタリアのリビーニョ方面へ抜ける街道が通っているのだが、国境近い谷の常で人気があまり感じられず、正面の乾燥し切った山脈の壁と相まって、非常に寒々しい印象を受ける。もっともこれはこれでかなり魅力的だ。ここからミノール峠まではほとんど標高差がなくなり、小さなアップダウンのくり返しになるが、この項の冒頭に書いた雪渓が登場するのはこの区間なので注意してほしい。
ミノール峠が近付いてくると、眼下の谷にちょっと異様な感じの小山が見えるようになる。それほど大昔でもない時代に氷河が残したターミナルモレーンのように見受けるが、地図で見るとどの方向から押し出されて堆積したのかちょっと見当がつけがたい。地理が好きな人ならちょっと一見の価値がある。
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