スイスの春のイメージは、日本とはずいぶん違う。冬が終わってホッとする反面、なんとなく憂鬱な感じがする季節とも言える。
まず、3月くらいからポカポカした陽気が数日続くようになると、足元がぬかるんできて田舎ではあまり良い気分で過ごせなくなる。
そのうえ春はだいたい、フェーンが吹いて気温20℃くらいまで上がったかと思うと、翌日はガーンと冷え込むというパターンの繰り返しで、体調の管理が非常に難しい。また、フェーンが吹くような日はなぜか頭痛を起こす人が多く、これは旅行中の日本人も例外ではない。スイス人の知人によれば昔はこの季節、冬の間の野菜不足によるビタミン欠乏と、フェーンが原因の体調不良で、フラフラしたり卒倒したりするような人が結構いたそうだ。そんな記憶のせいか、今でも年配の人には「春の鬱」になる人が多いという。
それでも5月に入ってくると、平野部ではツヴェツィク(プルーン)やさくらんぼ、りんご、それにリラの花が一斉に咲き出し、なんとなくいい眺めになってくる。黄金色のキンポウゲが咲き乱れる新緑の草原と、ソフトクリームのように真っ白なアルプスの山々のコントラストはこの季節ならではの景観。また、このくらいの時期から、ベルナーオーバーラントあたりでも、標高の低いところだったらハイキングくらいはできるようになる。雪解けの跡から一面にクロッカスが咲き出す様子などはなかなか素敵だ(ただしそういう場所は必ずぬかるんでいる)。
……こうして並べてみると、春のスイスというのは良いところと悪いところと半々、ちょっと難しい選択という感じもする。リピーターやスイス大好き!という方なら話は別だが、そうでない方なら5月、イタリアなど他の国と組み合わせて立ち寄るという形がまあベストではないだろうか。
なんとなく消極的な結論になってしまいそうな春のスイス、最後にひとつ、この季節だけの名物を紹介しておこう。
5月になるとアスパラガス(Spargel シュパルゲル)のシーズンが始まる。スイスのものは日本みたいなグリーンアスパラではなくて、白アスパラガスが中心になる。……ここまで聞いてガックリした方、あのヘロヘロっとした不味い日本の缶詰アスパラを想像してはいけません。このスイスの白アスパラガス、直径が3〜4センチくらいと驚くほど太くたくましい代物で、日本人はよくこれをウドと勘違いする。それがあちこちの店先で山積みになっている様子は、まるで薪束でも商っているようで、なかなか傑作な光景だ。
ちなみに食べ方は、まず皮を丁寧にむいてから、30分くらいかけてクタクタになるまで茹でて下ごしらえし、その後いろいろな料理にする。グリーンアスパラガスと違ってかなり調理が面倒くさいが、その手間ヒマかけるだけの価値あって美味しいものだ(そういう点でも缶詰を想像してはいけない)。もちろんレストランでは白アスパラガスのために「春の特別メニュー」が編成される。
では具体的にどんな料理があるかというと、溶かしバターや濃厚なソースをかけてシンプルに食す方法、グラタン料理やスープなどが一般的なものだろう。また、町の大衆レストランから高級店までどこでもよく見かける前菜として、長めに切ったアスパラガスを、香味野菜などと一緒にマヨネーズに似たソースで和え、もも肉の大きなハムでくるっと巻いた料理がある。これは口当たりが軽いせいか、老若男女問わず日本人に評判がいい。5〜6月にかけてスイスを訪れたときにでも試してみるといいだろう。
(注:この料理、いい加減なレストランでは例の呪われた缶詰アスパラを使うところがあるので、ある程度まともな店で注文すべし)
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