ベルンの中心街・シュピタル通りから北側に入る細い小路に、前々から気になる小さな店があった。店の名はモデルバーンセンター。名前の通り、鉄道模型の専門店である。
筆者は鉄道マニアではないが、そこのショーウインドウに展示されたスイス国鉄の車輌や、筆者の好きなRhbの、グラウビュンデン州章と車輌名に由来する紋章入りの赤い機関車がいつも気になっていた。ガラス越しに店内をのぞくと、なにやら面白そうなものがだくさん見える。一度ゆっくり見てみたいと思っていたが、そういう店は「趣味」の持ち主でなければなかなか入りにくいものである。
ところが幸か不幸か 、こちらは正真正銘の鉄道マニアであった筆者の父が、定年退職後になんと鉄道模型ジオラマ製作をおっぱじめてしまったのである。しかもスイスの街と山村を再現するだと!きっと何度かスイス旅行に行ったのがまずかったに違いない。
「ねーねー、スイス行くならこれ買ってきて」
「何この長ったらしいリスト。こんなのテンショー堂で売ってないの?」
「いや、他のメーカーのならあるんだが、××社のこのタイプの客車は多分取り寄せだと思うんだ」
「何これ、客車室内照明用ユニットって。カタログの品番書いてよ」
「わからない。これに合う形式のものを店で聞いてみてヨ。」
「日本語でだってよくわからんのに、どうやってドイツ語で説明するんだブツブツ」
「あ、それからお土産に何か模型を買ってくれるって言うのなら、Merklin社のは駄目だぞ。あれは他のと電気系統のシステムが全く違うんだ。ああ、本当はMerklinで、HOでやりたかったなあ。あれが一番すごいんだ。全体のコントロールを△△△が◇◇◇……」
(-_-;)・・・・・・・・・
そしてここベルン。筆者はついに、問題のモデルバーンセンターのドアの取っ手に手をかけた。ドアを押した。中に入った。 「Grussech」 「Grussech」
奥のガラスケースのカウンターの向こうから、麦藁色のヒゲを蓄えた店主らしき人物がこちらを見てにっこりと笑った。意外に普通のオジさんである。取っつきにくいマニア風の人ではなさそうで一安心する。
「何かお探しですか?」
「ええ、いろいろと探すものはあるのですが……まずお店を見せていただけますか?」
「どうぞ」
こぢんまりとしているが明るい店内の壁や棚には、御本尊とでも言うべき車輌模型の数々にはじまり、ジオラマ演出用の建築キット(これが結構面白い。国別・地方別の特色を出した駅舎や市街地用の建物、農家などの組立模型)、森やら護岸やら線路のバラストやら芝生やら、細かいディティールを演出するらしい訳のわからない材料類、様々な種類の塗料、接着剤、板きれ、etc. とにかくありとあらゆる細かい物体で埋め尽くされている
「うーん、これが(当時)話題のマン盆栽に使うヤツだな」
筆者の目は、鉄道ジオラマ用の人形に注がれた。いわゆる普通の駅員や乗客の人形だけでなく、ポイントを切り替える鉄道員、登山する人、洗濯物を干す主婦、牛に悪さをする子供、聖書を読みふける聖職者など、ありとあらゆるシチュエーションが考えられているようだ。
「でも、よく見ると面白いのはHOのばかりだなあ。Nはやっぱり小さいだけあって、演出の幅が狭い。トウチャンの気持ちはわからないでもない」
筆者は父が作成したリストにあるものをいくつか探し出し、他にお土産用の郊外型電車(仕方ない)と、「スーベニールに最高!」とかいうような文句がパッケージに印刷してある『ヴァッセンの教会』模型キット(ゴッタルド峠のグルグル巻きでも作れ!)も合わせて、カウンターの御主人のところに持っていった。
「すみません、これを」
「これで全てですか?」
「あと、あの機関車を出していただけますか?それと、他にこのリストのこれとこれを探しているのですが、見つからなくて」
「ああ、これなら奥にあるんじゃないかな。調べてみるね」
御主人はカウンターの向こうのコンピュータに何やら打ち込んだ。さすがにこれだけ細かい商品を沢山扱っているだけあって、管理はちゃんとしている。
「あー、品切れのものもあるな。今メーカーに問い合わせてみましょう」
「あ、それではその前に、他にも探しているものがあるんです。(ディスプレイの商品を指さして)あの〜、○○社のこれと同じ客車に使える室内ランプというのはありますか?」
「ええ、それならすぐに御用意しましょう。いくつ必要ですか?」
御主人は在庫のない品のことをメーカーに問い合わせた後、筆者が注文した機関車をショーケースから取りだし、客車と一緒にテーブルの上に並べながら何やら指さし確認する。
「えーと、×××(機関車の形式らしい)、何等、何等、フンフンフン、レストラン、何等、何等・・・OK、正しい○○○の編成だ」
それから、機関車を慎重にカウンターの上の線路(通電している)に載せ、機関車と線路の接点をジッと見つめながら、手許のコントローラーで動かしてみる。
「いい音ですね」
「だろう?」
この辺から、御主人の口調もだんだん親しい感じになってくる。 「OK。問題なし、と。ときに、君(Du)は模型が趣味なの?」
「いいえ、これは父のなんです。年金生活に入ってから始めて。最初はHOでやりたがっていたんですが、家が狭いのであきらめました」
「あー、こっちでも最近は同じ理由でNゲージが本当に増えたよ」
「でも、Nゲージでも結局、家じゅうが工事現場みたいになっちゃって、母がいつも怒っています」
「あははは、それも同じだ!鉄道模型の最大の敵は奥サンと子供なんだ。ところで、この電車はこのメーカーでいいんだね?」
「ええ、Merklin社以外ならいいと言われました。父は本当はそれで模型をやりたかったそうなんですが」
「そうそう。Merklinは他のと電気系統のシステムが全く違うんだ。本当はみんなMerklinで、HOでやりたがるよね。あれが一番すごいんだ。全体のコントロールを△△△が◇◇◇……」
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鉄道マニアの世界には明らかに共通言語が存在する。おかげで筆者は苦労することなく目的を達成することができ、父のジオラマも日々成長を続けている。とにかくこのモデルバーンセンター、そのスジの趣味の方はもちろんのこと、普通の方にも非常に面白い世界なので、ぜひ一度行ってみよう!
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