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ユーフ(アーフェルス谷)からビヴィオ ランク★★★
ユーフ(標高2117m)〜シュタラーベルク乗越(2581m)〜フリュー湖沼群(2680m)往復〜プラン谷(2400m)〜ビヴィオ(1769m)
地図:スイス国土地理院地形図1:25,000 BIVIO (Blatt 1256)
コース概況:
 所要時間の目安はユーフからシュタラーベルクが1時間程度、シュタラーベルクからフリュー湖往復は、ゆっくり遊ぶ時間もいれて1時間強くらい。シュタラーベルクからビヴィオは約2時間。

 歩行距離はさほどでもなく、ハイキングから一歩抜け出たスイストレッキング入門編といった感じのコース。ただし、歩き出しの標高が高いので、高山病に弱い人や体調に若干でも不安のある人はやめた方が無難ではある。

 なお、地理や地形に感心のある人にとっては、周氷河地形の博物館のようなこのコースは絶対おすすめだ。

交通概念マップ
地域概略マップ
   
 アンデールからアーフェルス Avers 行きの郵便バスに乗って約1時間、車窓からのダイナミックな景色や、クレスタの教会などの眺めを堪能し、終点ユーフ Juf で下車する。ここユーフの集落は美人の産地ということになっているらしいが、筆者がここで道を尋ねたおばあさんも、若いころはさぞかし…というような、きれいで上品な顔立ち(骨格)の人で、古風な銀と透明な石の小さなイヤリングを下げていた。ただし話す言葉は方言がきつい。

 話が最初から脱線してしまった。バス停から若干道を戻り帰すと、Bivio/Mulegns の標識があるので、そこから牧草地の斜面に切り込んでいく(標識に Bivio/Maloja とあったら別の道なので注意)。

 道は緩やかなジグザグ折りで登り始めるが、見た目より随分きつく感じるかもしれない。これはバスでいきなり2000m以上の高地に連れてこられたからだ。ここは北アルプスで言えば、ちょうど涸沢の下くらいの標高になる。最初はあまり無理をせず、花でも眺めながらのんびりと歩こう。

 徐々に高度を上げながら周囲を眺めると、アーフェルスのU字谷が一望のもとに見渡せる。氷河に削られた岩盤に薄く草が生えているだけのこの谷は、どんなに好天の日でも、なんとなく寒々しく感じられる。ここでの生活は、おそらく今でも随分きついのではないだろうか。

 スイスでは過疎の問題は日本ほどひどくはないというが、アーフェルス谷だけでなくシャムス谷あたりでも、立派な農家が空き家になっているのを随分見かけた。ただ、日本の農村の廃屋が無残な姿をさらしているのと違い、ここでは管理がしっかりしているので(自治体所有の家屋も多い)、寂れた感じはそれほどしない。多くの空き家は売り出し中、または貸家になっており、これらの家を手入れしてセカンドハウスにしたり、新しく農家を始める人も多いという。

 さて、30分ほど登ると、道が枝分かれした場所に出るが、ここでは右を行く。ビシャビシャした沢をいくつか渡ると、道は急なつづら折りで一気に沢の脇を登っていく。ここが結構辛いが辛抱だ。登りきって沢から離れると、道は再びなだらかになり、次第にガレっぽい感じになってくると、間もなくシュタラーベルク乗越。氷河に磨かれてギラギラ光る岩の窪みのあちこちに水が溜まった、ちょっと異様な光景の台地だ。

  ここで道が枝分かれしている。まっすぐ行けばそのままビヴィオだが、これだけでは物足りないので、標識 Flueseen/Melegns に従い、左に折れて山の湖、フリュー湖沼群に行ってみよう。

 道はあまり安定の良くない岩場を登っていく。ところどころ浮いた岩があるので、充分に注意しよう。登りのきついのはごく最初だけで、あとはゴロゴロしたガレの中を緩やかに登っていく。15分くらいで最初の湖。もう少し奥に行くと、他にもいくつかの湖があり、登山者たちが思い思いの岩陰でおやつをひろげている。これらの湖沼群は、カールの底にできた氷河の置き土産だ。

 この湖沼群から先に行けば、ビヴィオと同じ谷にあるムーレン/ミューレン Melegns/Muehlen という村に着くが、とりあえずここで戻ってビヴィオに行こう。

 再び先ほどのシュタラーベルクに戻り、標識にしたがってビヴィオ方面に向かう。ここから先は下るだけだ。道ははじめ、クジラの背のような台地の上の浅い谷をたどって行くが、次第に谷は深くなり、足元も岩から砂に変わり始める。この砂は結構クセモノで、ザラザラと滑りやすいので気をつけよう。やがて左右は切り立った崩壊地になる。この辺りは赤っぽい崖のところどころに、鮮やかな青緑色の蛇紋岩らしき層が混じり、面白い眺めだ。

 狭い切通のような谷をぐんぐん下っていくと、いきなりだだっ広いプラン谷に飛び出す。地図で見ると、まるで巨大な雨どいのような形のU字谷。ここも大昔に氷河が乗っかっていた跡だ。今では堆積した土砂が豊富に水を含み、草深い湿地と、豊かなお花畑になっている。広く明るい谷底は良く見ると、あちこちにお弁当を拡げる家族連れなどが散在している。

 平らなプラン谷の出口に近づくと、道はラテラルモレーンの堤の上を通るようになる。これから先何ヶ所かそのような場所があるが、所によってはあまりにもきれいに堤防状の形が残っているので、人工的に築いた土手なのかと勘違いしてしまうほどだ。また、この辺りでは階段状・亀甲状・谷地坊主など、典型的な構造土のあれこれを見ることができる。

 まるで火口湖のような唐突な池(火口湖ではない)の上を通り過ぎ、見渡すかぎり谷地坊主の台地を抜けると、下にビヴィオの集落が見え始める。正面の谷の立派な道は、よく知られたユリア峠(ユリア街道)。ビヴィオはこのユリア峠下の宿場町なのである。

 あとはあちらこちらの氷食谷をのぞき見たり(地理マニアにはこれがたまらん!)、ユリア峠を眺めたりしながら楽しくビヴィオに下ろう。途中何ヶ所か足場の悪い崩壊地や滑りやすい斜面があるが、特別な危険はない。最後に急傾斜の放牧地の道をぐんぐん下ると、あっと言う間に集落の上手の丘に出る。山歩きの終点にふさわしい、花の咲き乱れる丘の背を通り、小さな森を抜ければビヴィオだ。

 ビヴィオは乾いた感じの石造りの家が今風の家の間に点在する小さな町。ちなみに筆者はここで通りすがりの老人にポスト(郵便局)への道を尋ねたのだが、彼はスイス弁ともイタリア語ともつかない言葉しか話さない。私が困っていると、すぐ脇で見ていた地元の婦人が寄ってきて、老人と何か話してゲラゲラ笑ったあと「ロマンシュ語よ」と私に教えてくれた(老人はヒマだったらしく、しきりに何か話ながら私の手を引いてポストまで連れていってくれた)。ポストはティーフェンカステル側(北側)の村外れにある。

 ここからバスでレーティシュ鉄道ティーフェンカステル駅 Tiefencastel へ。ちなみにティーフェンカステルからトゥージスまで約15分。また、ユリア越えのバスでエンガディンのシルヴァプラナ Silvaplana に出ることもできる。

これが「高い谷」アーフェルス。氷河に侵食されてできた浅く緩やかなU字谷が、河川によって次第に中央部だけ深く削られ、他の谷に注ぐ部分で、バサッと一気に切れ落ちた深い断崖になっている。バスはこの断崖にしがみつく暗い森の中のヘアピンカーブを上がって行くのだが、最後に突然、この「高い谷」が現れると、ちょっとした驚きを感じる(写真は断崖を上がりきったところ)

     

雑貨・土産物屋を兼ねたユーフの郵便局。ここがバスの終点になる。
なお、健脚でない方も、このアーフェルス谷のユーフ〜クレスタ間をハイキングすると、充分楽しめるだろう

    

フリュー湖沼群に向かう道から見たシュタラーベルク。氷河に磨かれて光る固い岩盤のあちらこちらに水がたまり、ちょっと異様な光景

    

台地状のシュタラーベルクは年間通して風当たりが強く、気候が厳しいらしい。標高の割に珍しい植物をたくさん見ることができる。こんなクッション状の植物(ムラサキ科?後で調べます)も

     

本当はパノラマ写真でお見せしたいプラン谷。ロマンシュ語で「プラン」は「広い」という意味だが、文字どおり広大な谷底には花が咲き乱れて、桃源郷という表現がぴったりの場所だった

    

いよいよ終点、ビヴィオの町が見えてきた。右奥に向かって伸びているのがユリア街道(峠)

    

最後にこんな花の咲き乱れる丘を通ってゴール