沈黙の恐怖・天の巻では「途切れぬ会話」に関するあれこれを書いたが、文化のことをどうこう言う以前に、そもそも筆者自身の語学力にも相当問題があるという事実から、決して目をそむけてはならなかった。話の内容が核心部に近付くにつれ、会話にだんだんついて行けなくなり、挙句の果てに見当違いな意見など放っちゃったりして、お互いのやり取りがどんどん混乱してしまうのだ。
アルプスの青い空の下、見渡す限り一面のお花畑。そんな中で、
「話題が始まる→話が乗ってくる→だんだん混乱してくる→ついにわけがわからなくなる→リセット(沈黙数分)→つぎの話題が始まる……」
の繰り返しが延々何時間も続くところを想像してみて下さい。とほほ。そのサイクルが始まると、もう景色を楽しむ余裕もなくなり、ただただ喋って聞き取ることに必死、その日の晩はグッタリというわけで、日本語が心底恋しくなる。
いや、日本語=日本人が相手だったら、そもそもこんなに1日じゅう喋り倒す必要はないのだろう。
あるとき…その時は50〜60歳代のスイス人のおば様3人と一緒に歩いていたのだが、そんなふうにしてお互い苦労しながらも延々続いていた話が、ついにプツッと途切れてしまったことがあった。息の切れる登り道なんかだったらともかく、あいにく平坦な林道を歩いている最中で、会話を途切らせて良い正当な理由はなにもない。しかし、話題がないからと言って、それまで数時間一緒に歩いていたのに、そのまま流れ解散というわけにもいかない。しかも、なぜか3人のオバさんたちも皆一様に口をつぐんでしまい、とにかく並んで黙々と歩くのみ。
かなり長い時間が経過してしまった後、ついにやっとこさで筆者はネタを絞り出した。
「……えーと、あっ、そういえば、先日『・・・・・』という本を読んだんですけれど、他にあんな感じでスイスの昔のことを書いた本や小説はありませんか?」
するとおば様方は、こちらが言い終わるか終わらないかのうちに、
「あーッ、それならねっ!」
と、まるでそれに飛びつくかのように大声をあげ、後は巨大ダムの怒濤の放水よろしく、各々おすすめの本のことを一気に喋りまくりはじめた。彼女たちはこの状況に対して、筆者が想像していた以上に緊張していたのである。この瞬間の彼女たちの背後には、ものの例えではなく本当に、虹色の安堵のオーラが見えた。話が途切れず、よかった、よかった……
幸いなことに、本に関する話題は結構長持ちし、あれを読めばいい、これも面白い、という調子でおば様方はいろいろな話を繰り出してくれる。
「そういえば年輩の人って、こんなふうに人に何か教えたり、昔のことを話すのが好きだよな。そうだ今度から全部、こちらから何か尋ねるようにしてみたらどうだろうか」
……それ以来、筆者は会話の基本スタンスを、文字どおりの「会話=対話」から、知りたい事を尋ねてみる、あるいは何かを語ってもらう、「聞き」の方向に切り替えることにした。すると案の定、筆者のもくろみ通り、年輩の方々というのは自分の事を語るのに熱心で、以前より会話の継続はずっと楽になった。自分の語学力の程度の低さからしても、自発的に何か話すより、受け身で聞いている方がずっと容易だった。
ところが、それをきっかけに話の内容そのものも大きく変化してしまったのだ。「会話=対話」時代には、文化だの社会に関する意見だの、割と高尚な話題が多かったのだが(これも話が続かなかった理由だ!)、「聞き」体制になって以来、なぜか、スイス全土および世界各地の中高年の皆さんの、日常の四方山話や昔話、更には誰々さんに関する噂話やらグチまでが筆者のもとに集積するようになってしまった。『王様の耳はロバの耳』ではないが、彼女/彼らにとって、行きずりの旅行者は木のウロのようなもので、自分の中に鬱積した何かを話したい、聞いてほしいという欲求を充足するのにちょうど良いに違いない。なにせ話が漏れ出す危険が全くないではないか。
そんなふうにして聞いた話は愉快なものや興味深いものも多く、いくつかはこのHPでも紹介しているが、時には、スイスの知らないオジさんオバさんの事とはいえ、文字に起こすにはちょっと躊躇するような深刻な話を聞かされるときもあった。
やっぱりスイスというのは「夢の国」ではないのである。当たり前だけど。
(どこかでもこのセリフ書いたなあ)
--この項終わり
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