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牛とのつきあい方
 突然だが、スイスといえばやはり牛である。

 アジアバックパッカーの経歴を持つ友人が、生まれて初めてスイスに来たその日、チューリヒの町のど真ん中、バーンホフ通りに面した公園の芝に、なぜか2頭の牛が放たれていた。友人は言った。
「うっわ、インドに来たかと思った」

 さすがに、こんなふうに街の真ん中に突然牛が出てくることはあまりないが、時々なら確かにある。先に書いたように、唐突に公園や植え込みに放たれていることもあるが(除草でもさせているんだろうか?)、首都ベルンなんかでは、今日は○×法案反対の大デモ行進、などという日に、大音響で鳴り響くカウベルを首にぶら下げた牛軍団が登場することがある。

 デモのためにスイス各地方から動員されて来た牛たちは、喧騒の中でもおびえる様子もなく、粛々とトラックの荷台から降り、目抜き通りを人間たちと一緒に行進、デモ終了と同時に再び粛々とトラックに乗り込み、去っていく。これは本当に圧巻である。筆者が出くわしたデモの中には、国会議事堂に向かって打ち上げ花火を水平撃ちするような過激なものもあったが、牛も慣れたもので(??)、暴れるような牛はついに見なかった。

 前置きが長引いてしまったが、いよいよ本題に移ろう。
 スイスアルプスの高原をハイキングしていて、牛に(羊に、ヤギに…)出会わないことはまず絶対にない。なぜなら、そもそも私たちが歩いているハイキングコースの多くは、実は地元の農家の人たちが利用する、放牧のための道なのである。

 人の歩く部分と牛のいる場所が、柵で隔てられているなら特に困ることはない。しかし、問題なのは、牛と人との間に何も隔てがない場合だ。細い山道の行く手をさえぎる牛の群れ、周囲は急斜面でまわり道すらおぼつかない。仕方なく近づいていくと、それまで草を食んでいた牛達が突然首をもたげ、一斉にこちらを向いた……。都会育ちの人なんかは、これだけでもう前に進めなくなってしまうようだ。ははは(失礼)。

 こんなときは、別に驚いたり慌てたりせず、あらかじめ牛に「人がここにいる」ということを示すように軽く声をかけながら、牛の脇を通り過ぎるのが一番。動物が怖いという人には、これがなかなか難しいようだが、大声を出したり、見るからに怖がっているような様子を見せると、牛は落ち着かなくなったり、時には人をバカにして威嚇するような行動を取ったりする。

 また、牛の方から人間に興味を持って、積極的に近づいてくることもある。あるとき筆者が友人たちとグリンデルワルトの草地でお弁当を広げていると、向こうから牛がやって来て、まるで「仲間に入れろ」と言わんばかりに、人間の輪の間に顔を突っ込んできた。ところが、驚いたのはその時だ。ベルンっ子で、根っからの都市住民だと思っていた仲間の1人が、牛に話しかけながら立ち上がると、あさっての方向に牛の頭を向け、「ハッハッハッ」と声をかけて牛の尻を叩きながら、10mほど並走して適当な方角へ誘導し、あっさりと向こうに追いやってしまった。都市に住んでいるとはいえ、さすがはスイス人。手慣れた扱い方に驚くやら感心するやらだった。筆者には彼の真似はできないが、要するに落ち着いていればいいのである。

 そもそも、牛と人の事故はめったにないのだそうだ。ただし、子供を連れた牛や黒い牛、あるいは肉牛(体形ですぐわかる)は気性が荒いので、多少気をつけたほうがいいという。

 ところで「自分は牛は全く平気だが、連れが怖がってしょうがない」という人も結構いるのではないだろうか。そんな人には、下の囲みの中の話を教えてあげると、もう牛を怖がらなくなるはずだ。ただし、この話はいっさい真っ赤なウソである。
    

 牛の群れはね、先頭を行くリーダーの行動に従う習性があるから(これもウソ)、スイスの観光地では毎年、夏のハイキングシーズン前に、全部の農家のリーダー牛を集めて、ハイカーを見ても襲わないように訓練しているんだって

   
 田舎育ちのくせに動物が苦手な筆者の母は、随分長い間この話を信じていた。

スイス的なる風景。やっぱりウシがいなきゃ!
ちなみに、スイスの牛にもいろいろあり、フリブール州ならホルスタイン系の白黒まだら牛、ベルン州あたりは濃い茶色と白のまだら牛、東部は写真のような灰色がかったベージュの牛と言ったように、よく飼育される品種に違いがあるそうだ。山岳地帯の放牧地には、全スイスから牛が「避暑」に集まってくる所もあり、そんなところではF々な模様、体格の牛が一緒に草を食む姿が見られる

      

ベルン近郊の田舎道。前方には……

    

みるみるうちに牛軍団に取り囲まれてしまった。
こういうことはスイスでは全然珍しくない。写真のような見通しのいい道ばかりではないので、レンタカーで旅する人は御注意を

     

ラウターブルンネンで見かけた子牛。頭につけているのは何?角養成ギプス??
どなたか御存知の方、教えて下さい
(mk)
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