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おぞましの味
 以下の文は、朝日新聞日曜版(2001年)に連載されていた、朝日新聞記者・保科龍朗氏によるコラム『日陰のグルメ・いやしい系』を読み、筆者が思わず保科氏に送ってしまったメールである。筆者が触発された回のタイトルは「フグのごはん」。今は亡きスイス人格闘家、アンディ・フグ氏の大好物「フルーツとヨーグルトかけ混ぜ御飯」を、保科氏が人体実験……いや、試食してみるというものだった。
 なお、このメールを受け取った保科氏は更に詳細な取材を重ね、後日「続・フグのごはん」という項を起こされた。

(注)筆者のペンネームは「フグの女王様」だが、残念なことに故アンディ・フグ氏とは無関係。ちなみに、フグ(Hug)は、スイスではよく見かける姓
    

 昨日の日曜版で「日陰のグルメ・いやしい系 フグのごはん」を読みました。実はあれ、故アンディ・フグ氏のオリジナルではなく、御飯に載せるフルーツとつなぎ(?)の乳製品といい、かき混ぜる手法といい、彼の故郷スイスでは割と一般的な食べ方です。

 私は時々スイスに行くのですが、ある日のこと、田舎の食堂でゴハンを食べていたら、渋い校長先生風の老紳士が店に入ってきました。常連さんらしく、窓際のテーブルに座ると、店のねえさんがすぐに新聞(日本の「ゲンダイ」系のやつ※1)を持って来て渡します。老紳士が「いつもの…」みたいなことをつぶやくと、ねえさんはカウンターの奥へ消えました。彼の読んでいる新聞はともかく、景色としてはなかなか良いものでした。

 しばらくして、ねえさんの持ってきた皿を見た私はたまげました。

 皿の上にはリング状に盛られた御飯。リング状の中心の窪みにたっぷりと注がれてあったのは、まぎれもないリンゴのピューレとヨーグルトです。老紳士はその上にお砂糖を少々ふりかけてから、スプーンで一心不乱にかき混ぜてお召し上がりになりました。

 私は後日、その驚きを別のスイス人に伝えたところ、彼は「よくある食べ方」と言い、ややトーンダウンして「子供がよく食べるね」と付け加えました。恥ずかしい、というものでもないけれど、それほど立派なものではないらしい。ネコメシです。

彼によれば、ヨーグルトと一緒に生クリーム(スイスの家庭にはいつも常備されている、泡立てる前の甘くないやつ)を少し加えると豪華ヴァージョンになるそうです。はあ…
 ついでですが、スイスの人たちは想像以上にお米を良く食べます。でもその食べ方というのが、これまた「フグのごはん」的。

 肉料理などの付け合わせに盛られた御飯を、彼らはクリーム味、タマネギブラウン炒めバター味、トマト味などなど、その時々の料理のソースと合わせ、ナイフとフォークの先でにっちゃにっちゃとしつこくかき混ぜて食べます。そのため、彼らの食事中の皿の上はしばしば、一時的にかなり見栄えの悪い状態に陥ることがあります。

 在スイス30年の日本人の知りあいは、その状態を「親子丼みたいよね」と言いますが、私はむしろ、日本アルプスにおける登山家の伝統食・伝説のクライマー故長谷川恒男氏命名の「ネコゲロ※2」を思いだします。

   
※1 Blick(ブリック)という大衆紙。ハダカ以外は日本のタブロイド紙よりどぎついと思う

※2 インスタントカップスープにアルファ米、あるいは乾燥御飯をぶち込んで煮込んだ、あるいはふやかした物体
   

スイスやドイツに関する名エッセイを多数著した佐貫亦男さんも嘆いていらしたが、1990年代以前のスイスの料理の盛りつけは、決して食欲をそそらない「ぶちまけてんこ盛り系」が主流だった。
しかし21世紀に入る頃から、その辺の食堂でもヌーベル・キュイジーヌ系の可愛らしい盛りつけが増え、スイス料理のビジュアルはうんと向上した。

(なお、スイスの名誉のために言えば、味付けは悪くない……というか、日本人好みの味が多い。メニューの選び方に慣れてくると、年輩の方でも日本食が恋しい…ということは少なくなる)

    

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