目次へ ホームへ
▲前のページへ ▼次のページへ
子供を教育する
 ずいぶん前の話。歩き疲れた筆者がカフェで一休みしていると、すぐ近くのテーブルで、2つ並べた卵のように可愛らしい4〜5歳くらいの双子の男の子が、仲良く1枚のピッツァを食べているのが見えた。

 そこで私は早速その子供たちの両親に許可をもらい、2人に「写真を撮ってもいい?」と話しかけた。2人のうち1人はすぐにカメラ用の顔になり、ポーズをとって笑い顔を作ったが、もう1人の方は、多分わけのわからん東洋人の女に話しかけられてびっくりしたのだろう。たちまち大泣きして椅子から降り、向かいに座っている両親の陰にかくれてしまった。

 両親は笑いながらも、申し訳なさそうな顔をして、私に謝ってくる。私も悪いことをしてしまったと思い、謝ってから自分のテーブルに戻り、飲みかけて置いてあったコーヒーに再び手をつけた。

 すると、誰かがつんつんと私の腕をつつく。なんと、泣いたほうの子供が私のところにやって来て、顔をグシャグシャにしてすすり上げながら、あらたまった口調でこんなことを言うではないか。
「僕は失礼なことをしてしまいました。僕たちと一緒に写真を撮って下さい」
なんてこった!両親の方を見ると、父親が笑いながらカメラを構えている。

 そのときの写真は後にカードに仕立てられて、ドイツ在住のその家族の許から筆者へ送られてきた。当時は「なんて立派なしつけだろう」と思ったと同時に、考えてみればこの子は何も悪いことをしたわけではないのに(悪いのはどう見ても筆者)理不尽だとも思ったものだった。

 最近知り合いのスイス人、R夫妻に子供が生まれた(名前はジャンという)。やがてジャンが2〜3歳くらいに成長してくると、筆者は再び、同じような厳しい教育を目にするようになった。勘違いしないでいただきたいが、彼らは決して激しく怒鳴ったり、叩いたりするようなことはしない。

 彼らの厳しさというのは、ひとことで言えば「子供には大人と同じ権利はない」ということの徹底である。子供は大人に失礼なことをしてはいけない、大人たちの集まりにしゃしゃり出てはいけない、大人と同じ待遇を要求してはいけない、などなど。

 ベルンに住む日本人の友人宅に居候していたある日、R夫妻がジャンを連れて、夕食に招かれてやって来た。この日はごくごく親しい仲間の集まりということで、幼いジャンも一緒に全員が同じテーブルで食事。両親の脇で、大人のように堂々と正面を向いて食事に専念するジャンがおかしくも可愛らしく、ついつい目が行ってしまう。すると、その様子に気がついた友人が私に注意した。
「子供をずっと眺めたり、皆で一斉に見ちゃダメよ。自分が座の中心だと勘違いするから」

 これにはドキッとした。日本では逆に、子供に皆の視線が一斉に注がれるのは全く普通のことだ。むしろ、子供が座の中心にいる風景が、幸せの象徴のように思われている。

 食事も終わり、午後8時になった。父親が促すと、ジャンは椅子から降りて、皆に「おやすみなさい」を言い、ベッドのある部屋によちよち歩いていった。一緒に寝かしつけに行った父親は、ものの5分もしないうちにテーブルに戻ってきた。平気かと聞くと、いつもこの時間に寝るのが決まりだし、この家は慣れているから大丈夫だという。
・・・・・・

 それでは、この厳しい躾はどのような効果をもたらすか。

 件の日本人の友人によれば、子供は常に大人との間に一線を引かれてしまうので、みな早く大人になろうと、一生懸命頑張るそうだ。
「日本人は子供時代が一番大切にされる時期だから、成長したくなくなっちゃうのは当然よね」

 しかし反面、この厳しい教育で、精神的に弱いところのある子供は、成長の過程で徹底的に叩き潰されてしまうという。日本では(少なくとも筆者の周辺では)、暴走族の少年が10年後にはよきパパにして社会人、などというのはありふれた話だ。しかし、そんなことはスイスでは考えられないそうで、一度道を踏み外してしまったら最後、彼/彼女が再び世間に受け入れてもらうのは難しいという。御存じないかもしれないが、スイスやドイツの青少年犯罪は日本とは比較にならないくらい凄まじい。その背景に彼らの絶望感が反映されている事は間違いない。

 厳格なヨーロッパと、甘えを許す日本の教育。結局、どちらもそれなりに善し悪しなのか。


おまけ:ある日(日本の)テレビで、とある男性人気司会者が「今どきの母親は、子供を着せ替え人形か何かのように思っている」と批判した。それを見ていた当時88歳の祖母は、いみじくも言ったさ。
「何偉そうに言ってんだい。昔から子供は、親の着せ替え人形だよ」
ブラ〜ヴァ〜〜〜!

「猫ちゃんがいるよお!」
「おじいちゃんです」
まだ赤ちゃんだったジャンを乳母車に乗せて歩くR夫妻。後ろを歩いていたスイスのオバさんグループが「今時の若い人ときたら、こんなところにまで子供を連れてきて……」と、ブツブツ文句を言っているのが聞こえてきた。どこの国も同じようなものだ。
ブスアルプにて
日本人から見ると厳しいスイス人の躾だが、ドイツ人に言わせれば、スイス人は子供を甘やかしすぎるという。
少女たちは乗馬教室の帰り道。ベルン駅前にて(mk)
▲前のページへ
▼次のページへ
目次へ
ホームへ