スイス旅行はアウトかインか
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 2006年。今年に入ってからTV、ラジオ、雑誌の特集企画、etc... 至る所でなぜかハワイが目につく。通勤に使う地下鉄駅のホームにも、緑したたるオアフ島の山々・手前にマリンブルーの海がきらめき、奇麗なねえさんが自転車に乗って微笑むどでかいイメージポスターが貼り出された。う〜ん、アロハ〜〜〜。

 ……ところが。

「や〜、ハワイに行く日本人は本当に減っちゃいましたよ」
 先日、とある旅行ガイドブックの編集者氏が開口一番にそう切り出した。ハワイといえば「憧れのハワイ」→「まずはハワイ」→「とりあえずハワイ」で、われわれ日本人の海外旅行観・海外旅行史の重要な部分を形成してきたコテコテの伝統スポットである。それが今、人気がなくなっちゃったの?

「1997年の220万人をピークに2003年は130万くらいまで落ち込みましたかね、確か。今は150万前後で推移しています。最近のハネムーナーはハワイに目が向きませんし、《とりあえずビーチ派》は完全にアジアンリゾートにシフトしちゃいましたからね。例の津波で多少ハワイにも分が出てきたかもしれないけど」

 う〜ん、たった6年間で220万人から130万人。想像以上の凋落ぶりである。どうりでハワイ観光のプロモーションにも熱が入るわけだ。

 10秒の沈黙の後に思いが巡ったのは、ハワイ同様コテコテの海外旅行スポット・我がおスイスである。確かにここ数年、スイスのどこへ行っても「日本人は本当に減っちゃった」「日本人見ないね〜、よほど景気が悪いのかい?」などと言われる。そう言われてみれば、なんとなく減ったような気がするが……実際にはよくわからない。

「なんとなく……ような気がする」では話として面白くない。そこで今回の企画:

データで見る 日本人のスイス旅行

 まずは一番最初に、1992年から2005年までの間にスイスを訪れた日本人の総数を年ごとの推移で見てみよう。なお、この数字には観光客だけでなく、ビジネスなどが目的の人も含まれる(以下すべてのグラフも同様)。

スイスを象徴する観光地・ユングフラウヨッホ。あまりに有名すぎると行く気が失せる、という場所の象徴でもある。あえてここを避ける方も多いのではないだろうか。
スイスを訪れた日本人の数
(資料:スイス統計局、2004年はデータ未公表)

 ………思いきり減ってる。これは凄い。ピーク時と最悪時(たぶん2003年)の差は、比率で見ればハワイ並みの悲惨さである。2000年から後は坂を転げ落ちるが如しの凋落ぶり。思わず涙してしまうグラフである。

 それでは、同時期の日本人の海外旅行者(渡航者)全体の動きはどうだったのか?やっぱり激減ベースなのかもしれない。そちらのグラフも見てみよう。
海外を旅行した日本人の数
(資料:日本・法務省)

 ……これを見ると更に悲しい。スイスへの旅行者の減少とは全く関わりなく、海外旅行者そのものはそれほど減ってはいない。イラク開戦とSARS流行の年だった2003年が思いきり落ち込んでいるのはどちらのグラフも同じだが、海外旅行者数そのものは横ばい・やや上向き基調だ。
★ ★ ★
 しばらくスイスの統計局のデータを眺めているうちに、あれ?という動きに気がついた。日本人の旅行シーズンである。どうも筆者がイメージしていたのとちょっと違う。グラフを作ってみると、これはなかなか興味深い。
スイスを旅行する日本人 月ごとの訪問者数の推移
グラフ右端の西暦をクリックすると
アニメーションが止まってその年のデータになります↓
(資料:スイス統計局)
 日本人の海外旅行といえば、年末年始の休みとゴールデンウィーク、8月のお盆休みにGO!のイメージがある。スイスは冬とゴールデンウィークはあまり人気のある旅行先と言えないだろうし、8月にピークが来るのが当然だと思っていた。実際、スイスへのツアー料金や飛行機代は8月が断然高い。

 しかし、日本人のスイス旅行のピークが8月なのは94年まで。95年からはピークは7月に移動する。考えてみれば、なんとな〜くの社会的雰囲気として、長期休暇を他人と違う時期に取れるようになって来たのは90年代中ごろである(関東地方では)。やがて年を追うごとに、飛行機代の安い7月にどんどん旅行者が集中するようになる。

 ところが、7月が増えるなら同じ理由で9月も増えて良さそうなものだが、そうでもない。スイスはやっぱり夏!のイメージが先行しているからだろうか?実はこの95年を境に、7月以外のすべての月が一斉に減少傾向を示しはじめる。その分、7月の伸びは飛び抜けて大きい。観光だけではなく多くの産業で、特定の時期だけ極端に需要が大きくなるのは余り好ましくないこととされているが……。

 まあ、スイス観光をするのは日本人だけではないけれど、少なくとも日本の送り出し側〜旅行代理店などにとってはあまり面白くない現象だろう。旅行ガイドブック編集の現場では、年間を通してコンスタントに部数が出ないくせに、高名な旅行地ゆえシリーズから除くわけにも行かないスイスは常に厄介者扱いである。

 それでも1990年代は、秋・冬・春の減少分を補って余りある日本人観光客が夏に集中し、総数としてはほぼ横ばい状態が続く。

 そして運命の2001年。日本人観光客の劇的な減少は、9.11の米同時多発テロが原因だと思っていた。ところが……

統計資料によってバラつきはあるが、スイスを旅行する日本人1人あたりの平均宿泊日数は1.5〜2日程度。多くはグリンデルワルト近辺に1泊とツェルマット1泊で終わりなんだろうな〜。

とはいえ、ここで「日本人はこれだから……」的な結論に行ってはいけない。1.5〜2日という滞在日数は、他の国からの旅行者と較べて特に短いというわけでもないのだ。アジアや米州のような遠方からヨーロッパに来る人は、1回の旅行で数カ国を周遊することが多く、たいていは日本人と同程度の滞在日数でスイスを後にする。
スイスを旅行する日本人
2000年と2001年を比較する
 思わぬ結果が出た。既に9.11の前からスイスを訪れる日本人の数は減り始めていたのである。ちなみにこの年、海外旅行をする日本人の総数そのものも減少しているが、スイスを訪れた日本人の減り具合ほどの落ち込みはない。そして、以後の凋落はこれまで見てきた通りである。

 さてさて、日本人がスイスに行かなくなってしまった理由はなんだろう。筆者の知るかぎりで確実に言えるのは、かなりの日本人が「スイスは山しかなくてつまらなそう」と思っていることである。日本人観光客が夏にばかり集中するのは明らかにそのせいと思われる。ただし、これは近年に限ったことではない。

 もうひとつ、スイスには「コテコテすぎておバカっぽい」というイメージが充満している。スイスによく行く、と言うと十中八、九は鼻で笑われる。この一文を読んでやっぱり鼻で笑っちゃった方は沢山いらっしゃるだろう。……しかし、これもまた近年に限ったことではない。

 ……と、ここまで書いてみたところで近所の国は一体どうなんだろうと、試しにイタリアでグラフを作成してみた。猫も杓子もイタリア、最近の日本人は本当にイタリアが大好きである。さぞかし伸びているだろうと思いきや、予想外の結果が待っていた。

ご存知、マッターホルン。
今の時代、こういう「アイコン」の存在が観光地にとって有利に働くか否かは微妙なところである
データは2003年まであるが、その年はイラク開戦、SARSの流行など特殊事情が相次いだため、1997年〜2002年の比較とした。また、原資料の不備か数値にヘンな所がある場合は勝手に丸めた。
以下のグラフも同様
(資料:日本旅行業協会、以下同)
 あら…………?
 これは驚いた。世間は長らく続くイタリアブームではなかったのか?2002年には持ち直しているものの、こんなグラフになるとは想像もしなかった。ピークはいつだったんだろう。1997年以前の資料をぜひ見てみたいものである(JATAのホームページにはそれ以前の数字もあるが、原資料が違い参考にならない)。

 実は、イタリアはそれほど減ってもいないか、逆に増えているくらいだろうと思い、「スイスも頑張れ」みたいな事を適当に書いてこの項の〆メにするつもりだったのだが、とんでもなかった。調べもせずにうかつなことを書いてないけない。

 それではもしかしたら、冒頭にも出てきた、ハワイを駆逐してしまったアジアンリゾートだって、実は言われているほど好調ではなかったりして……。アジアンリゾートの代表格・タイ、そしてインドネシアの動きを見てみよう。

スイスを旅した筆者の友人と、そのお姉さん。青い空に白い雲がぽっかりと浮かんでは「すてきね!」、花々と山々に「すてきね!」。お姉さんは何を見ても「すてきね!」を連発していたが、最後に「でも、やりすぎね」。

 こちらはちゃんと評判通りの好調さである。インドネシアは横ばいだが、9.11後の情勢を考えれば大健闘と言えるだろう。他に、グラフ化はしなかったが、中国が1997年/1,581,743人 → 2002年/2,925,553人と、倍近い大きな伸びを示して日本人海外旅行者の総数を持ち上げる最大要因となったし、ベトナムも大変な勢いで伸びている。

 すると、近年の海外旅行のトレンドは、要するに噂通りのアレではなかろうか。
「安・近・短」

 しかし。

 ここでなんとかオチをつけたいところだが、一方では決して安・近・短とは言えない国の、こんなデータが目の片隅に入ってきた。近年PR攻勢著しい、魅惑の国・トルコである。

 一般的日本人の頭だと、な〜んとなく「テロ危ないかも」と思ってしまいそうな国にもかかわらず、2002年にも渡航者数を増やしているのは立派としか言いようがない(実は筆者も最近トルコを訪れて、おおいに楽しんでしまった)。

ここまで見てきたところで、いよいよ結論らしきものがおぼろげに見えてきた。観光地の栄枯盛衰は理屈ではなく、結局「なんとなくあそこへ行ってみたい」という気分、時代の雰囲気やカルチャーに左右されているものではなかろうか。

 ただし、盛り上がってきた空気をうまくキャッチできるどうかは、受け入れ側の問題である。たとえばトルコは、2002年W杯で一気に高まった好感度をチャンスとしてしっかり掴み、「今はあそこへ行くのがイン」というイメージを作り上げた。

 スイス旅行は果たして、アウトかインか。

写真は1990年、成田空港。
出発時間に注目。当時の日本〜スイス間は所要時間17時間半、日本を夜に出て、スイスに翌早朝到着という段取りだった。長旅だったが、スイス航空=現スイスインターナショナルエアラインズに関して言えば、今のビジネスより当時のエコノミーの方が万事につけ優雅だったと断言する(座席は狭かったけど)。スイスという国のブランド力向上にもかなり貢献していたに違いない。

……………悲しい。
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04. Mai 2006